田中正造の遺したもの


かすみがうら町、真壁と再取材し、栃木の佐野市郷土博物館に寄った。足尾鉱毒事件に立ち向かった田中正造に関する常設展示があるというので期待して入ったが、結局「彼が何をやったか」という案内しかなく、その動機となった事実の説明がほとんどない。なんだか田中正造の「魂」の部分が骨抜きにされているようで正直がっかり。だから、日本は変われないんだろうな。足尾のような自然と人との関係を引き裂く残虐なことが、いまは深く潜航しながら、巧妙に行なわれているだけだ。

帰りぎわ、群馬に戻って太田市でEという店を見つけて入ってみた。水戸でみた巨大なショッピングセンターとほぼ同じ形式で、駐車場まで含めると気の遠くなるような広大な面積だ。しかも1階の食料品売り場はなんと24時間営業。恐ろしいのはこのグループが「木を植えています/私たちはEです」などと環境系の装いを前面にアピールしていることだ。

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土浦のカワセミ


マップ取材で茨城の八郷、土浦へ。筑波山と加波山をつなぐ山稜の荒廃状態は間伐BBSに書いた。土浦は蔵の町並みや市の中心部にある亀城公園などをまわった。前夜、ホテルの部屋で深夜まで霞ヶ浦の記事を書き、寝不足がたたったのか街歩きの途中で足をくじいいてしまう。アトリエではいつも軍足と下駄で歩いているので、ひさびさに履く軽登山靴が慣れなかったのかもしれない。足をくじくなど、サッカーをやっていた中学校以来の出来事で、逆に嬉しくなってしまった(笑)。ともあれ足をひきずりながら市内を回った。

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霞ヶ浦は今・・・


マップの取材で茨城に来ている。かすみがうら市の周辺で霞ヶ浦を間近に見る。茨城生まれの僕だが、霞ヶ浦をまじまじと眺めるのは初めてのことだった。その汚さに驚いた。薄茶色に濁っている。そして臭かった。いつもこんな風だ、という。が、もちろん昔はこうではなかった。案内してくれた方は「昔ここで泳いだことがある」と言った。透明と呼ぶまではいかないけれど、普通の川のような水色だった。そしてシジミがたくさん採れたそうだ。また、大きな二枚貝もいて、それを切り干しダイコンと一緒に煮たものが家庭のおかずになっていたという。わずか40年前のことである。

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小薪割り


鳥が多くなった。ジョウビタキがたくさん飛んで来る。キツツキのドラミングが聞こえ、カケスを見た。これはいただけない声だが、羽は美しい中型の鳥である。

ラフを仕上げる仕事が片付いて、天気の中で薪割りをやった。最近、天気がいいときは外でチビカマを使って食事を作ることが多くなった。このときはスギ間伐材の薪が使いよい。ある程度割ったものがあるのだが、さらに細かくさばいておくとサッと使えて便利なのである。中に枝の基部が潜んでいるものは割りにくいが、芯を外さず放射状に斧を入れることで割ることができる。薪割りは腕だけでなく足腰や全身を使う。緊張がともない、ひと汗かく。この感じがいいのである。

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アトリエの火鉢


囲炉裏を離れたら、和室では火鉢。この炭は自家製だ。とはいえ窯で焼いたものではなく囲炉裏で製造(?)したものだ。方法はいたって簡単。囲炉裏で燃やしている木の先端を火ばさみ叩くかでポキリと折るかして熾炭を取り出す。炉の中央の灰の中にも熾炭が潜ったまま赤々としている。すぐ使うなら(つまり囲炉裏での食事を終え、和室に移動するなら)それをかき集めて小鍋(コーヒー豆を煎るのに使っているもの)で運ぶ。保存して後で使うなら「火消し壷」に入れて火を消しておく。こうしてためておいた消し炭を、後で火鉢で使うのだ。

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