霞ヶ浦は今・・・


マップの取材で茨城に来ている。かすみがうら市の周辺で霞ヶ浦を間近に見る。茨城生まれの僕だが、霞ヶ浦をまじまじと眺めるのは初めてのことだった。その汚さに驚いた。薄茶色に濁っている。そして臭かった。いつもこんな風だ、という。が、もちろん昔はこうではなかった。案内してくれた方は「昔ここで泳いだことがある」と言った。透明と呼ぶまではいかないけれど、普通の川のような水色だった。そしてシジミがたくさん採れたそうだ。また、大きな二枚貝もいて、それを切り干しダイコンと一緒に煮たものが家庭のおかずになっていたという。わずか40年前のことである。

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かすみがうら水族館の館長さんにその貝の名前を聞くとイシガイ科のカラスガイという貝で、現在では激減しほとんど見られないそうだ。館長さんには霞ヶ浦の変化を詳しく聞いた。霞ヶ浦はもともと海とつながっていて汽水湖だった。昔は土浦付近で海水魚のアジやスズキが採れていたという。ところが工業用水や飲料水確保のために堰をつくって淡水化した。そのことで湖の水の移動がなくなり汚濁化が進んだ。さらに家庭排水の流入、コイの養殖による過剰なエサの投入、浄化装置としての沿岸のアシ原の消滅、が汚濁に拍車をかけた。また、レンコン栽培の過剰な肥料も汚濁に影響を与えているという。

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外来魚の存在が生態系をかき乱していることも見逃せない。ソウギョ、レンギョ、ブラックバス、ブルーギル、最近とくに増えているのがチャンネルキャットという名の外来ナマズであるという。北米原産で食用に輸入されたものが霞ヶ浦で増えてしまった。底魚で雑食性、なんでも食べ、大きさは1m以上になるというから脅威だ。エビなどがどんどん減ってしまったのは外来魚によるものが大きい。

かつて帆引き舟によるワカザギ漁は霞ヶ浦の風物詩で、いま観光用に再現されている場所もあるが、肝心のワカサギはほとんど穫れていない。汽水域に棲むアミエビの仲間がいる。イザサアミという。よく海釣りで使われるオキアミは動物性プランクトンを食べるが、このイザザアミは植物性プランクトンを食べる。これの干したものは美味しく、フリカケにしてよく食べられていたそうだ。ところが、このイザサアミも激減し、昨年はほとんど見られなくなってしまったという。水族館ではタツノオトシゴやヨウジウオにこのイザサアミを与えているので、館長さんは困っていた。オキアミでは水槽が濁ってしまってうまくないんだそうだ。

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さらにショックな話を聞いた。霞ヶ浦にはアユもいる。そのアユは本来、川で産卵し、稚魚はいったん海に出て行き、そして翌年に再び霞ヶ浦に戻ってくる。が、堰をつくったために霞ヶ浦を海のかわりに使わざるを得ない。そして湖と流入河川の荒廃で親魚のエサであるコケがない。いまそのアユはボウフラを食べているというのだ。だから、アユ特有のスイカのような香りや肉質はないという。

人間の欲望のもとに変わり果て、死につつある霞ヶ浦。その流入河川の流域にある平地林、里山林はほとんど放置されている。密集した人工林は雪折れが入っており、雑木林は林床をアズマネザサでびっしりと覆われていた。まわりには基盤整備された水無し田んぼ、工場生産に近い化学肥料もしくは牛糞鶏糞漬けの畑地、無分別に流される合成洗剤の泡。輸入飼料で飼われる薬漬けの家畜たち。道には鹿島臨海工業地帯や常磐線付近に広がる工業団地に向けてトラックの群れが激しく行き交う。

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そしてわれわれはそんな穀類や野菜や肉や、遠方から運ばれる魚を食べて、肉体ばかりか精神さえ荒廃させ、地獄のふちに向かって進んでいる。霞ヶ浦とその流域が海とつながっていた昔に戻って、足下の天然の魚介を食べていたほうがずっとエネルギーロスがなく、うんと健康的で、そして永続的ではないか。そこにはもう戻れないのか???

水戸に戻ると、コンビニの駐車場で地べたに座ってジャンクフードを食べる女子高生がいる。飲食街の一角で、ひとり路上に座って孤独なパソコンゲームに指を動かしている若者がいる。こんな言葉は軽々しく使いたくないが、「狂っている!」と叫ばずにいられなかった。「自然に寄り添う暮らし」を取り戻さなければ、何をやっても始まらないのだ。


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