近代田舎創造社・赤城温泉御宿総本家


住宅や店舗などの設計を手がける「近代田舎創造社」の田胡さんは、かつて大手住宅メーカーに勤めていた時代もあったそうだが、5年前にこの赤城南麓の雑木林を購入。林床にはびこっていたアズマネザサを刈り、太くなっているコナラなどの木を倒した敷地に、毎年1棟のペースで小屋を建てている。

最初にお茶をいただいたガラス建築もその一つ。他には、どっしりとした石窯を据えたギャラリー風の建物あり、柿葺きの茶室あり、掘っ立ての炭焼き小屋もある。敷地の高台にある自宅とされている家を最後に案内していただく。

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粕川へ


宮城県の冬水田んぼに作った看板に貼るイラストがようやく完成。メールで送れるか? と思ったら、データが50MB以上ある。なにせ4色の画像EPSデータ、さらに手書き文字をTIFでとりillustratorで貼付けるという凝りようだ。というわけで結局CDに焼いてヤマト便。それでも朝9時までに鬼石の集荷センターに届ければ夕刻に都内に着く。

その足で前橋へ。朝食兼昼食をとり、さて今日はどこの温泉に行こうかな? といういつものパターン。さすがに徹夜明けで草津までのドライブはキツい。気になっていた赤城温泉の「御宿総本家」に行くことになった。ここのご主人東宮さんは、昨年の僕らの高崎個展に来てくれて食事までごちそうになってしまったのだ。

カーナビで途中に「粕川歴史資料館」が見えてそこに立ち寄ることにした。養蚕の道具が豊富に展示してある。前橋周辺は古墳が多く土器や埴輪が数多く出土している。藤岡歴史館の収蔵品にも驚かされたが、ここも大きく美しいものが置いてあってしみじみと見入る。粕川周辺が古代の一大聖地だったことに奮えるのである。しかし、ウィーク・デイ、僕らの他には誰もいない。

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電磁調理と擂粉木と


佳日、高崎に出たついでに、かねてから気になっていた住宅展示場に行ってみた。現代最先端の建て売りや注文住宅というものはいったいどうなっているのか? という興味がわいたのである。ちょうど大手住宅メーカーのモデルハウスが集結する場所があった。そこで3~4軒ばかり回ってみた。衝撃を受けた(笑)。もうクラクラである。

高気密住宅、オール電化、床暖房、3重窓、いやはや凄いのなんのって。外部は遮断して自分たちの暮らしだけが快適ならいい、という発想だ。まず家じゅう明る過ぎ、ピカピカ過ぎ、ほとんど悪趣味なギャラリー、またはカフェ。すき間なんて全くないので息苦しくて苦しくて、アトリエの木と土と風に慣れた僕らは入って瞬時に気持ち悪くなるのだった。なんというかその気持ち悪さは、肺だけではなく皮膚そのものから感じられるものだ。

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高山社と群馬の養蚕


1/23、「富岡製糸場と絹産業遺産群」が世界遺産暫定リストに選ばれた。製糸場のある富岡市ではお祝いに市民3000人の提灯行列が行なわれたとかで、富岡でこんな提灯行列は戦時中のシンガポール陥落以来という騒ぎだったらしい(笑)。

築100年の養蚕民家に住んでいることもあり、僕らも引っ越し早々この建物のルーツや群馬の養蚕の歴史、桐生の織物について学び始めた。高山社の養蚕法については旧ブログ日記「木の机」に、富岡製糸については同じく「シルクハット」に書いたが、その高山社もまた世界遺産暫定リスト「絹産業遺産群」の中に含まれている。

市報で高山社に関する講演と見学会があることを知り、昨日と今日の2日間行ってきた。昨日は藤岡歴史館で松浦利隆氏(県新政策科世界遺産推進室長)の講演「高山社の創成期について」。今日はその創始者である高山長五郎の生家と、お隣埼玉県児玉町にある競進社の模範蚕室の建物(県指定重文)をマイクロバスで巡る小ツアーだった。

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下駄と足袋


アトリエでの野外作業のときは、おもに長靴。長時間のとき、また天気のいいときの農作業のときは地下足袋。そして、ちょっとぶらぶらするとき、土間や台所を行き来するとき、外や2階デッキでの読書や仕事中は下駄。だから、実は下駄を履いている時間がかなり長い。

この下駄というやつがイイ。以前から好きな履物だったが、アトリエに来てからというもの僕もYKも下駄ばっかり。履いているのは値段の安い桐下駄である。花尾が切れたら自分で直して、木が割れるまで履いている。

これに慣れてしまうと、つっかけやサンダルは頼りなくてダメ。親指の付け根で重心と踏ん張り・滑り止めのバランスをとる感覚がとても自然でいいのだ。むかし大工の棟梁は白足袋に雪駄履き、と聞いたことがある。

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