「類推」と「直感」


昨日の畑仕事は予定よりだいぶ進んだ。今日は午前中だけ手伝う約束だが、それも早く終わった。ここに住む人たちにとって、ジャガイモを植えるということは、畑シーズンの始まりを意味する重要な行事なのだ。

「いやあ、ありがとう。オオウチさんたちのおかげで本当にうまくいった。一人というのは、二人の半分にはなれないね」

などと先生は意味深なことを言うのだった。

middle_1140770927

middle_1140770967

middle_1140771056

時間が余った午前中、先生宅の池の掃除などを手伝った。実は数日前、先生宅の水道管が凍結してハネてしまい、修理をお願いされそれをうまくまとめたものだから、すっかり感謝されていたところだった。先生宅の上下水の配管経路などをいちおう教えてもらうことにした。全体に複雑になっている。山に住むと、配管配線などはできるだけシンプルな系統にしたほうがいい、と感じる。その分、不便だが、修理が自分でできるのがいい。

最新式の装置は壊れたときの修理がお手上げになってしまい、高い金を払って修理人を町から呼ばねばならない。部品ごとそっくり交換しなければならない。こんなことはPC機器ぐらいでたくさんだ。薪の火と山の水で、その原理や配管系統が全て把握でき、修理も自分でなんとかできるのがいい。多少不便で、身体を動かすことになるが、それが実は健康に結びつくのである。

池の泥をさらっているとカエルが飛び出してきた。アトリエの福寿草も咲き誇っている。春だ! 囲炉裏でなんとか寒さをしのいで、煙を吸い込みすぎた身体に採りたての山菜を入れて、不要な成分を廃毒する季節が巡ってきた。畑仕事に汗をかき、山菜を食べ、清らかな水を飲み・・・。

自然の中で生活し、農林作業の仕事に仕組みを探すとき、最も重要なのは書物やネットからの情報ではない、と思う(日本の場合、それは西洋科学に濾過されたものが実に多い)。重要なのは知識ではなく「類推」と「直感」である。それを磨くには、さりげなく古老の話しを聴く(耳でなく体で)こと、そして自然のサイクルに身をゆだねて、それに逆らわない生活をすること。秋なら秋らしく、冬なら冬らしく。毎年のサイクルの中で、経験を積むこと。

それを繰り返していくと、そのとき「何が正しいのか?」を、自分の心の声がそっと教えてくれる。

午後からイラストマップの仕事を猛然と。深夜まで眠い目をこすりつつ・・・。

middle_1140771087


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください