前橋シャッター商店街
昨日、前橋に行ってきた。県立図書館での郷土資料閲覧が目的だったが、ひさしぶりに中央商店街に車を入れて、アーケード街を眺めてきた。連休最終日というのにガランとしており、7~8割くらいはシャッターがおろされている。なんでも前橋商店街の凋落ぶりシャッター通りぶりは全国的にも有名なんだそうで、視察に来る団体もいるらしい。
ズズランデパートのある通りから奧に入った弁天通りは、さらにシャッターが増え、人が少なく、ゴーストタウンのような凄惨な気配さえ漂っている。もう、写真を撮る気もなくなった。この商店街を今後どのように活性化していくのか? これまであらゆる手が考え尽くされのだろうが、おそらく何も解決しないだろう。このままずーっとこの状態が続くのではないか。
山に来る産廃
さて、話は突然飛ぶが、県議のS氏のブログで神流町の船子地区に産業廃棄物最終処分場が計画されていることを知った。神流町といえばすぐ隣町で、船子にはニホンミツバチでいろいろお世話になった方々が住んでおられる。沢からの水を水源としている人たちにとって大問題だろう。
しかし、日本の山々にはものすごい数の産廃処分場がつくられ、いまも地中に埋められているのだ。長野県などは特に多い。私などは全国の山々を車で走って見ているので、最近では「ここにはありそうだな」という道や地区がわかるようになってきた。観光地から離れた山の中、集落が消えたあたりに場こぎれいな道がつけられている場所にはたいがい焼却場、もしくは産廃処分場が出てくる。
焼却場の灰を他県の山の中に捨てにいっている市町村も多い。私たちがこのままの生活を続けていればこの循環は永遠に続く。私も山に暮らしているとはいえ、スーパーで買い物すればブラスティックやビニールゴミがたくさん出る。それを市の指定袋に入れてゴミに出せば、どこかで燃やされその灰は山に埋められているのだから、例外ではないのだ。
有害な煤煙と、救いようのない焼却灰
最近は高温で焼却するのでばい煙は問題ない、などと言っているが、どうもそうは思えない。前橋まで行く途中に2カ所の焼却場前を通っていくのだが、その隣にある公園の銅像が黄色くただれたように変色しているのを見る。これではまずいと思ったのか、最近その銅像は新たに茶色に塗装されていた。そしてばい煙の問題はさておき、残りには灰というものが残る。
灰じたい決して悪いものではないが、燃やすものが石油化学系の燃焼ゴミや、産業廃棄物の重金属を含んだものだから問題なのだ。いま、そのような灰やヘドロでさえも、微生物による分解は可能であり、その研究も進んでいるようだ。かつて瀬戸内海のヘドロを、いくつかの市町村がEM菌によりかなり改善したという話を知っている。しかし、それは水の系だから可能なのだ。山の谷間に集中的に灰を積んでしまった場合、微生物は活躍できないだろう。だから、いまの山への産廃話は、まったく「救いがない」のだ。
命のない食材がビニールゴミを作る
さてここで、また前橋商店街の話に戻る。
産廃と、シャッター通り。この救いようのない2つの問題は、どこか密接につながっていないだろうか? かつて近所の商店街で新聞紙や経木に食材を包んでもらったり、わらずと納豆売りや豆腐売りのおじさんから直接買い物した時代、自然の包装材※ワラや経木はカマドで燃やしてお湯が沸いた。
食材を遠くから運べば運ぶほど、化学的な処理や梱包が必要になる。それは命のない死んだ食材であり、同時に厄介なゴミが残る。
自然のワラや木や和紙などは燃やしても悪い臭いはしないものである。煙いことは煙いが、むしろ懐かしさを感じるいい匂いなのだ。しかし、化学的な処理をされた紙ゴミや油を含んだもの、もちろんプラスティックやビニールゴミは非常に不快な臭いをまき散らす。それは石油ストーブと薪ストーブの匂いを比べてもわかる。
自然のものを焼いた灰にはすばらしい力もある。ひとつは殺菌作用である。日本では麹(こうじ/酒や味噌、酢、醤油づくりに欠かせない)づくりに昔から木灰が使われていたのをご存知だろうか? 雑菌は灰のアルカリに弱いが麹菌は強い。しかも灰に含まれるミネラルが麹菌を活性化させる。今のように無菌状態をから純粋培養する機械施設がなかった昔は、木灰をうまく利用していたのだ。
町中「囲炉裏+自然農」計画どうよ
さて解決策だが、またしても以前書いた一文を読んでください(こちら)。ひとつ言えるのは、いまの大マスコミには社会を変える力はない、私たちが日々暮らしの中で気づかねば根本は変えることはできない、ということである。
議員の方々が、あるいはシヤッター通りの商店街の方々が、ここまで問題を深化させることができるのか、なはだ心もとなく疑問ではあるが・・・しかし、お祭りのときはこんなにパワーがあるんだから、ガンバレ前橋!
※江戸期に使われていた主な包装材は「竹の皮」だったという。竹の皮とは、筍の時に表面に付いている葉鞘(ようしょう)とよばれる大きな鱗のような皮で、竹が育つ際に堅くなってはがれ落ちる。太い孟宗竹であれば、長さが40cm、幅が20cm以上にもなり、丈夫かつしなやかで、水も通さないので、様々な用途に使われていた。
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