12日目/鳥取~智頭~朝来(兵庫)~元伊勢~舞鶴~小浜~福井


朝、鳥取砂丘を見にいく。意外や砂丘のすぐ近くまで住宅地が密集している。砂は褐色。時間がないので中に入って歩いたりはせずコペンと写真を撮って先を急ぐ。

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11日目/津山~米子~出雲~松江~鳥取


S君から昨年の台風被害のことは聞いていた。アパートを早朝に出て、米子まで被害を観察しながら下道を行く。久世、勝山、美甘町あたりに倒壊被害が目立った。この辺りは「美作ヒノキ」のブランドで有名な林業地だが、その施業法は従来の密植・弱度間伐であり、全体に広範囲の線香林がみられる。

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10日目/魚梁瀬~馬路村~室戸岬~瀬戸大橋~岡山~津山


「限界成立本数が日本で最も高い森」と鋸谷さんに教わった魚梁瀬のスギ林を、いちど見ておかねばと思っていた。その森はたしかに凄かった。天然スギといえば荒くれた太い枝が何本も突き出してしる木が多い。しかしここのスギはきれいに枝打ち管理されたように通直完満に、すっくと天に伸びている。そして、たしかに密度が濃い。

中層木の広葉樹が多数入り込んでおり、中には太ももほどの太さに育っているミズメやホオノキ、サカキなどがある。後続の広葉樹は光が制限されるためにひょろ長い樹形に育っている。その雰囲気は、伊勢神宮宮域林にそっくりである。

台風被害でズタズタの四国の中で、ここ魚梁瀬遺伝子保護林は被害がまったく見られない。中層木のあついところは、下草は少なく地面が露出している。しかし腐葉土が厚く堆積している。また、大きな石や地面に伏せた倒木には苔が生えている。治山治水の要(かなめ)は、実はこの中層木の広葉樹にあるのだ。

かつて魚梁瀬杉は林野庁のドル箱であった。ここの営林署長から、林野庁長官に出世した人もいるほどである。宿に杉巨木を輪切りにしたテーブルがあった。その芯の年輪が緻密で、辺材が少なく赤みが多いことに驚かされる(芯の部分の年輪が稠密で、辺材部分が疎になっている)。

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9日目/高松~高知~安芸~馬路~魚梁瀬


19日に行った魚梁瀬に再び。ここには天然スギの美林があり「遺伝子保護林」として保全されている地区がある。それは車止めから登山道を歩かねばならず、19日は遅く着いたため見れなかったのである。

午前中から午後2時過ぎまで、僕は県立図書館でパソコンのデータ整理をやっていた。ここでフォト管理ソフト上で誤って全データを消してしまい青くなる。新PCのOSやアプリケーションに慣れておらず、誤操作してしまったのである。相方の写真も僕のPCで管理していたので宮域林の重要な写真まですべて失ってしまった。全身から血の気が引くほどのショックを受ける。

それでも調べてみると、ゴミ箱のデータを完全に上書きしなければ専門のソフトでデータを取り戻すことも可能らしい。気を取り直して魚梁瀬に向かい到着したのは7時過ぎだった。宿は魚梁瀬温泉の「満木(まんんもく)荘」といい営林署の全盛時代を思わせるようなスギの木の調度品に囲まれた古い宿だった。


8日目/小豆島~高松~別紙中山~高松


宿で朝食後、岸壁にはりつくお寺に登りに行った。和尚さんに指輪のいわれなどを聞く。指輪とは本来「願掛け」の印で、草の環を使っていたのだそうだ。小豆島観音像をまわり、財産区のヒノキ林を見にいく。台風被害の雪折れ(根からの倒復)が目立った。シンパク巨樹を見て池田港から高松へ渡る。
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