田山花袋


渋川から伊香保へ。最近、図書館で田山花袋の『日本温泉めぐり』という本を発見した。田山花袋は『田舎教師』などで知られる文学者だが、旅行好きでもあり膨大な紀行文を残している。ちなみに出身は群馬県の館林である。明治の文豪の旅は優雅でのんびりとして実に羨ましい。

僕らは群馬に来て温泉の素晴らしさを見いだした。日本の自然を語る上でも温泉は欠かせない要素だ。伊香保は源泉の露天に2度行った。今回は階段街の「階段の湯」へ入った。温泉に入ったその夜は寝汗をかくことが多いが、この日はシャツが絞れるほどの汗をかいた。本物の温泉は効く。風呂というものが欠かせない気候風土の日本に、あまたの温泉がある神の采配に感謝。


芋がらを食べながら


昼間はイラストマップの仕事。夜は近所のIさん宅に遊びに行く。神流日記(初期HPの日記)にもたびたび登場するIさんはこのH集落出身で現在は高崎に暮らし、実家はお母様が一人で住んでおられる。Iさんは週末を利用して高崎からいろいろと実家の手伝いに来られている。今日は昨年同様「新酒どぶろくを仕入れたから飲みましょう」とのお誘い。どぶろくもさることながら。お母様の話や手料理も楽しみなのであった。

芋がらの煮たものや、手作りの干し芋が美味しかった。僕らは連載中の『現代農業』を1冊差し上げ(Y先生やイタルさんの似顔絵がウケた)、ギター持参で歌を3曲披露した。皆が知っている歌を持ち歌にしておくのはこんなとき大切だな。Iさんのお母様は万場の生まれで、H集落に嫁いでからはひたすら山村での暮らしを貫いてきた方だ。畑仕事、家事、お蚕と、その経験と知識は広く膨大なものであろう。

以前教わった灰汁でコンニャクがうまく作れたことを報告すると「そう、灰を使ってやってみたかい」と喜んでくれ、「話し聞きたいならいつでも来ればいいよ」とおっしゃってくださった。


田中正造の遺したもの


かすみがうら町、真壁と再取材し、栃木の佐野市郷土博物館に寄った。足尾鉱毒事件に立ち向かった田中正造に関する常設展示があるというので期待して入ったが、結局「彼が何をやったか」という案内しかなく、その動機となった事実の説明がほとんどない。なんだか田中正造の「魂」の部分が骨抜きにされているようで正直がっかり。だから、日本は変われないんだろうな。足尾のような自然と人との関係を引き裂く残虐なことが、いまは深く潜航しながら、巧妙に行なわれているだけだ。

帰りぎわ、群馬に戻って太田市でEという店を見つけて入ってみた。水戸でみた巨大なショッピングセンターとほぼ同じ形式で、駐車場まで含めると気の遠くなるような広大な面積だ。しかも1階の食料品売り場はなんと24時間営業。恐ろしいのはこのグループが「木を植えています/私たちはEです」などと環境系の装いを前面にアピールしていることだ。

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土浦のカワセミ


マップ取材で茨城の八郷、土浦へ。筑波山と加波山をつなぐ山稜の荒廃状態は間伐BBSに書いた。土浦は蔵の町並みや市の中心部にある亀城公園などをまわった。前夜、ホテルの部屋で深夜まで霞ヶ浦の記事を書き、寝不足がたたったのか街歩きの途中で足をくじいいてしまう。アトリエではいつも軍足と下駄で歩いているので、ひさびさに履く軽登山靴が慣れなかったのかもしれない。足をくじくなど、サッカーをやっていた中学校以来の出来事で、逆に嬉しくなってしまった(笑)。ともあれ足をひきずりながら市内を回った。

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