熊野古道・滝尻付近の崩壊地工事


四国高松から熊野へ行くときは、徳島からフェリーで行くか陸路で大阪回りでいくか毎度迷うが、今回は陸路で。高速を乗り継いで、南紀田辺までおよそ300kmの距離だ。朝出て早朝のうどんを1杯食い、途中どこかのパーキングでトイレ休憩を入れて、昼には熊野に到着できる。

関東に住んでいればこうはいかない。だから熊野の森を広く深く取材するには、関西圏に住まうことが非常に重要な条件になってくる。私の場合は、四国に住むことで熊野を描くことを与えられた。

田辺で高速を下りて、熊野の山間部に入る最も重要なルートは国道311になるわけだが、最初に冨田川の左岸に人工林に覆われた山が目に付き始め、いよいよ山に差し掛かるというところで正面に、びっしりとヒノキに覆われた、それは見事な間伐遅れの人工林の山が近づいてくる。

この山は私が初めて熊野を訪れた2003年のときも、目立って印象的だったので撮影した記憶があるが、当時とまったく同じ姿のままで、ある意味感動してしまう。そして面白いことに、この道沿いには森林組合の事務所があるのだ。右下の真新しいコンクリート処理は、2011紀伊半島豪雨のさいのものである。

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普通なら間伐遅れの山を10年も放っておけば、枯死が始まり、台風や大雪で木が部分的に折れて穴が開き、いわゆる自然の間伐が入って、ところどころに広葉樹が顔を出すのだが、ここではまったくその気配がない。

その理由の一つは樹種がヒノキが多いこと。スギとちがってヒノキは折れにくい。また乾燥にも比較的強いので、雨の多い多湿の熊野では自然枯死が起きにくいのだ。また、内陸部ゆえ台風の影響が少なく大雪も降らず、荒天で木が折れることが少ない。つまり二つ目は熊野という自然環境の特性ゆえである。

林床は真っ暗で下層植生は皆無。おそらく1回くらいは間伐を入れたかもしれないが、普通の弱い間伐(間引く本数が少ない)ではほとんど効果がない。ヒノキは横に枝を張るのですぐに樹冠が閉塞してしまうからだ。おまけに熊野は植栽本数が多く、本州の平均の2倍近く植えている。すなわち三つ目は植栽本数の多さと間伐の弱さである。

このままでいいわけがない。実際に山すそから崩れ始めているわけで、尾根筋まで人工林化しているので大崩壊する可能性だって考えられる。大まかな地質としては2011に大崩壊した滝尻と同じである。下には人家もあるというのに、このまま放置しておく人たちの気が知れない。

冨田川に沿って国道311を遡り、牛馬童子像をのせた観光用の塔を見送ると、いよいよ熊野に来たなという感じがする。しばらくして滝尻崩壊地。崩壊面の工事が進んでいるが、護岸の工事も始められたようだ。

この少し先に観光施設「熊野古道館 」があり滝尻王子社がある。王子というのは皇族・貴人の熊野詣に際して造られた一群の神社のことをいい、なかでも滝尻王子は熊野権現の神域への境界とされる重要な社だ。本宮への参詣道へ分け入る霊場への起点なのである。

実際ここに来てみればその意味も感じられるが、2011年の紀伊半島豪雨では、すぐ近くの山が大崩壊してしまったのだ。私は崩壊した山林を調査し、このブログでも結果を報告しているが、現在その崩壊跡は工事によってこのようになっている。

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ここは崩壊の最上部はヒノキ、下はスギが多いが、いずれも典型的な<超>間伐遅れの山である。超とつけたのは、元々植栽本数が多いうえに間伐の回数が少なく、現在は本州平均の植栽本数と同じ密度で立っているからである。つまり、本州平均において植えてから一度も間伐していない山と同じなのである。

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今日は中辺路の奥で炭やきをしているTさんちに取材に行くのであった。道の途中に小規模な人工林崩壊地がある。これも2011年の豪雨で崩れたものだが、この程度の規模の崩壊はちょっと枝道に入ればどこでも見られ、調べれば膨大な数にのぼる。ここの工事は道の縁に蛇籠で簡単な土留め工事をしただけだ。

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道をはさんだ谷側は当時の木が散乱したまま放置されている。間伐遅れで細いとはいえ、柱を採るには十分の太さがあり、丸太で使えば梁や桁などの横架材にも使えるものもあるだろう。

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とにかく、いま伐らなければならない場所はとてつもなくあるのだが、住宅業界では「今年は国産材の原木が供給不足になっている」などといい、横架材は相変わらず北米から船積みで来るベイマツを多用している・・・。そして熊野古道世界遺産10周年などと祝って、荒廃人工林の中を外国人観光客に歩かせているのだ。

つくづく不思議な国である。

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▼電子本「人工林の科学~紀伊半島崩壊を巡る森林講義/講演篇1~3」

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