「大地の再生」見立て@神奈川県山北町


前夜に車で出発して、何度かPAで仮眠を繰り返して神奈川県の山北町へ。丹沢湖や西丹沢の山を控える山林を多く持つ町である。今日はこの町で「大地の再生」見立て講座が行われる。

「見立て」というのは「大地の再生」視点からその土地を診断し、処方をアドバイスすることである。矢野さんを呼ぶわけだから、問題のある土地や家屋が多く、ここもまた斜面の上下に車道と鉄道に挟まれた悪条件化の古民家であった。

民家の裏は厚いコンクリートの上に玉石で組まれた石積みだが、モルタルで練り積みされており、空気や水の出処がどこにもない。ただし植栽に恵まれており、様々な庭木だけでなく尾根筋の古くからの在来樹の古木がかなり多く立っている。

この家の借主で今回の主催者のひとりIさんから挨拶があり矢野さんにバトンが渡される。生憎の雨。それも本降りになってきた。まずは古民家の周囲を点検しながら空気の通りをみる。長らく手入れが遅れた庭の緑が風を遮っている。古民家の土台周りも傷み始めている様子がうかがえる。

矢野さんのノコガマによるデモンストレーションに続いて各自持参した道具で風の草刈りと剪定作業を1時間ほど。

40人の熱心な参加者の作業で見通しがよくなり、敷地は見違えるようになる。この下には御殿場線の線路があり、その下には酒匂川が流れている。酒匂川は小田原市の相模湾に流れる二級河川だ。富士山の東麓を水源とする鮎沢川と、丹沢山中を源流とする玄倉川・河内川合流し、ここ山北町で深い谷を作って渓流の趣きを呈する(昔はアユやヤマメの釣れる名渓だった)。

上には県道。この尾根の向こう側に東名高速と新東名の合計3本のトンネルが貫かれている。御殿場線に並行して国道246が川を縫う。今回、新東名を御殿場ICで降りて下道を山北町に向かったのだが、周囲の山林がぐったりうなだれて元気がない。

箱根越えの裏ルートとしてかなり古くから道路や鉄道開発が行われた場所であり、開発の連鎖で疲弊を繰り返して来たのだろう。そして西丹沢側には膨大なスギ・ヒノキ人工林がある。

国土地理院地図より。赤丸が古民家位置

今回はの見立てのテーマは、

1)家周りの環境
2)台風被害の林道
3)人工林で大地の再生

と盛りだくさんだが、Iさんがどうしても見てほしいという民家のすぐ上の茶畑に、その後向かった。実はこの一帯はヒル(ヤマビル)が非常に多く、前調査で入ったメンバーからとくにこの茶畑周辺で多いと聞いていた。

ヤマビルは靴や衣服のスキ間に潜り込み、痛みを感じさせず吸血する。そして雨の日はとくに動きが活発になる。なので、ここはオプションで希望者だけの散策になった。足や首回りに食塩水や竹酢液のスプレーなどを吹き付けて向かう。

ところが、行ってみるとなかなか雰囲気のいい場所だった。ケヤキなどの高木にかこまれた尾根の上にその畑はあった。長く放置されたチャノキはすでに自然樹形に戻ろうとしており、矢野さんはその木々たちに簡単な手立てを処方していく。

根の周囲に小さめの点穴をいくつか掘り、枝は揺れの変わり目で剪定する。その剪定枝葉は点穴の中の柵(しがらみ)に利用していく。また細かく切って根周りのグランドカバーにしてもよい。

周囲の高木は根きわから伐採する必要はなく、2連梯子などを使って光を遮る高枝を切ってやればよい。「揺れの変わり目」「全体のバランス」を見ながら切れば、根は細根を出し、枝は暴れずにコンパクトに育っていき、地中の空気通しをよくするだけでなく、今後の手間も軽減する。

次いで重要なのは道である。ゆるやかに蛇行する歩道をつける。最初から道らしく平坦な切り盛りをする必要はなく、ステップを点々と掘るように造っていく。そこには枯れ枝などを拾ってきて入れてやるとよい。

数メートルごとに水切りを入れて、谷側に水を導いてやるとよい。矢野さんを先頭に水切りを入れながら再び古民家に戻る。竹酢液が効いたのかヒルの被害は少なかった。しかし、雨具の裾をめくると小型のヒルが何匹か鎌首をもたげていたりしてやはりビビる(笑)。

古民家で昼食をいただいて午後から山間部に向かう。支流の皆瀬川を遡る。しかし、丹沢の川は皆こんな雰囲気だ。大岩の淵などがなく、小砂利だらけのザラ瀬が延々と続くのである。これでは魚の住処がない。どこもかしこも「豪雨の後の惨状」といった気配に包まれているのだ。

長く狩猟をしているという山に詳しい地元のおじいさんを紹介してもらい、崩れた林道の工事の話などを聞く。

丹沢のの山は破砕帯で崩れやすく、強引な現代土木の林道造りには向いていない。ここは沢が横断するカーブだが、グレーチングのかけられた横断水路は台風時の豪雨にはあまりにも無力である。

沢の上流には風倒木が自然に組み込まれた土留めが出来ている。矢野さんはそれを真似るように落ちていた流木を組み合わせて水みちを調整した。

強引に直線化すれば無理な高い切土ができ、崩れやすくなる。崩れたらその地形を利用して蛇行する道筋をとれば良いのだが、現代土木はそうはさせないのである。現場を見ない人たちが、地形図から「車の走りやすい」図面を引いてしまうのだ。

国費をかけた林道工事もこの丹沢の地質と近年の異常な豪雨にはひとたまりもない。

さて、いよいよ人工林に向かう。主催者の一人である林業女子Tさんが山を案内してくれる。彼女はいま自分で管理する人工林をもっているのだ。

しかし、矢野さんは人工林に入る前に堰堤で溜まった上流部の土砂に言及し、お目当ての人工林斜面はこの土砂のおかげで通気不良をおこしている・・・と言い、ついては川の手入れを先にやりだすのであった。

屋久島で見たときと同じように、流木の落ち葉溜まりの泥アクを掃除し、石を動かし、等速に均等に流れるように沢を調整していく。

岸辺に被っている枝葉も風の草刈りと剪定で風通しを確保。

こうしていよいよ人工林地へ。

なかなか立派なスギ林で、県の水源林仕様の間伐が施されて明るい。が、下層植生は貧弱で広葉樹がほとんど生えていない。矢野さんはまず切り捨て間伐の木の置き方の間違いを指摘した。切り捨て間伐の慣例として枝払い・玉切りされた丸太を等高線上に置くのである。上からの表土をこれで止める・・・という理論なのだが。

矢野さんに言わせると「これでは上からの締め付けがあり、表層にも地下にも空気が通りにくい」と。

やはり、私たちが鋸谷式間伐(※)で推奨するように、枝付きのまま斜めに、ランダムに重ね置いたほうがいいのである。

「均一でないほうがいい」
「渦流(うずりゅう)はアンバランス・不安定から生じる」

だが、県のやり方も森林組合も、そして有名林家さえも、皆この水平置きをいまだに続けている。

真新しい切り株があったので撮影して年輪を数えてみた。50~60年生ほどもある目の詰まったスギであるが、皮に近い白太の部分は超過密な年輪幅になっている。ここ20年ほど間伐がされず放置されたことを物語っている。

拡大造林時に一斉に植えられたこのような木が、切り捨て間伐されて横たわっているのをみると本当に悲しくなる。適度な間伐をしていたら材積はこの倍になり、耐久性の高い赤芯の部分も増え、建材としてすばらしい木になっていたはずだ。

いや、この木だって建材として使うべき木にはちがいない。しかし、日本の木造住宅のはスギ材を太いまま使おうという動きがまだまだ少ないのである。

※鋸谷式間伐:福井県林務課(当時)の鋸谷茂(おがや・しげる)さんが提唱する強度間伐の理論と実践手法、現在盛んに行われている「皮むき間伐」はそのひとつの例。私(大内)が取材し2000年にインターネットで公開、専門誌『現代林業』にその技術を連載、のちに単行本化した。

隣がTさんの管理する山だった。最近やったばかりという皮むき間伐の跡がみられた。かなりの強度間伐であるが、やはり下層植生は少ない。

矢野さんは皮むき間伐した場所はやや空き過ぎで、いま立っている太い木の並んだエリアをむしろ間伐すべきと指摘した。4mの釣竿で密度管理をすれば、やはり同じ結果になるだろう。

Tさんに案内されて地面が掘られてしまったという倒木地へ。

土が非常に柔らかいのは富士山の噴火由来のスコリア層というという地質らしい。

もうすでに暗くなり始めているが、矢野さんがひとつここに柵(しがらみ)の土留め柵を作ってくれた。

通直なスギ・ヒノキの倒木は扱いやすい。「台風に習ったような造作をして杭や番線で止める。細かいことは雨風(あめかぜ)がやってくれる」

「水脈を引くように間伐」
「風の動線に沿って点穴」
「本流の水脈と山の水脈をつなげる」
「川の本流を強く止めているから、このような崩れた小沢はメンテが必要」

矢野さんの口から人工林再生に対する数々の言葉が漏れたが、残念ながら時間切れで点穴や実際の間伐作業には至らなかったのは残念だった。

近年の人工林荒廃は間伐しても下層植生が再生しないほど大地が疲弊している。災害が頻発する昨今、日本の自然再生にとって「人工林+大地の再生」は最も重要なテーマになっていくのは間違いない。

近くの分校跡を改装した場所をお借りして感想会。山北とその取り巻きには熱意のあるメンバーがたくさんいて心強かった。Tさんに「人工林の定点観測(ビフォー・アフターの撮影)」をぜひ・・・とお願いして、

明日の現場、湘南方面へ車で向かった。


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