早起きして京都を目指す。京都市内の北部にある修学院保育園の施工現場で「大地の再生・プレライセンス講座」が行われる。今日はその第一回目の初日。
住宅地に囲まれた園内にささやかな樹木が植えられている。既存のプールを一部壊して、その上に木造の新園舎を増築する。その工事にともない周囲の水脈整備とグラウンドのより自然親和的な改造を頼まれている。
保育園は普段通り子供達が通園する中での工事、そして講座だ。講座もこれまでのとは趣旨が違う。矢野さん自らが全面に指導し、チェックを入れる(最終的には施工内容の動きに対して5段階評価で点数が付けられた)。
今回の事務局スタッフは、葉山の工事で施主でもあったKさんが名乗りを挙げ、全面的に協力してくれた。様々な意味において、この難しいイベント事前の立ち上げから、運営・会計に至るまで八面六臂の活躍。おかげで僕は取材(記録係)に徹することができた。
昼食のお弁当も京都らしい手作りさが良かったが、夜は滋賀の東近江にある徳昌寺をお借りして「たむたむ畑@やっちゃん」の仲間の手作り弁当と味噌汁がまた良かった。
お品書きも作られていた。いいね、こういうの。それも、一輪挿し付きだよ♬
徳昌寺は矢野さんが数年前から境内と庭園の再生に尽力してきた、臨済宗の由緒あるお寺である。ご住職の奥様Gさんのご好意で本堂の一角にて食事と夜の座学をやらせていただくことになった。
奇しくもGさんは僕の本の古くからの読者であり、僕が大地の再生と繋がっていたことに気づいて驚かれ、8月に愛知川のキャンプ場で行われた「焚き火ぐらしキャンプ@奥永源寺」にも来てくださったのである。そして、囲炉裏の話をすると、現在空き家で所有している「茅葺き古民家」の再生話を持ちかけられたのだ。
その日、Gさん経由で長らく探していた囲炉裏用の円座を手に入れた。
修学院保育園の通りを山側に辿ると京都三名席(茶室)の一つ「八窓軒(はっそうけん)」のある曼殊院が近い。曼殊院門跡は洛北屈指の名刹で、八窓軒茶室は非公開だが電話予約で係員付きで見ることができる。数年前、亡き妻と見に行ったことがあるのだが、細い路地を車でひやひやしながら上がったことを覚えている。
徳昌寺は仙台藩の庇護を受けていたという。当時の陣所は東近江市/旧八日市市上羽田ににあり、仙台藩主伊達家の菩提寺的存在だったらしい。というのも、伊達政宗の関ヶ原の戦いの功績により飛び地で近江国に藩地を多数所有していたのだ。
徳昌寺は臨済宗妙心寺派だがその大本山は京都にある妙心寺である。今年2月に行われた大地の再生の「名古屋会議」の帰りに奇しくも妙心寺に立ち寄り塔頭(桂春院)の建築や庭を見せていただいた。
禅宗は仏教が伝来して数百年後に鎌倉時代におきた宗派で、特定の教義や、信仰の対象となる神を持たない。いわば「悟り」を目指した精神性としての仏教の最終到達点とも言える。だから禅宗寺院には大きな仏像などはなく、かわりに石庭や茶室、襖絵などがある建物(方丈)や坐禅堂などがあり、そこは室町・桃山時代に公家や武士の社交場であり文化・芸術の拠点・発信地であった。
禅宗の悟りとは「生きるもの全てが持つ本性であるところの”仏性”に気付く」ことであり、 悟りは坐禅・公案などの感覚的・身体的体験で伝承されるもので、その悟りの境地は、詩、絵画、建築などでも表現されるのである。
矢野さんが徳昌寺の土地や庭の再生に関わりながら、いにしえの禅寺の構成に感銘を受けた理由はわかるような気がする。ともあれ、尋常ならざるご縁で私がいまここに居るのは確かなことであろう。
▼技術記事はこちらです。