第2回・屋久島講座1/手入れと里山の美しさ


前回4月に続き2回目の「大地の再生講座@屋久島」。会場の安房にある「アペルイ」はゲストハウスが棟上げされ、母屋に大きな庇(ひさし)が作られてより快適な建物に成長していた。

オーナーの田中さんは東京生まれ、10年前に屋久島に来てここにエコビレッジを構築してきた。大地の再生については自分の敷地だけでなく、ガイドの立場からも屋久島全体を考えていきたい、というわけで年間を通じて矢野さんに見てもらうことになった。

前回の講座からひと月半が経っている。今日まで敷地の草刈りをほとんどしていないという。いつもなら雑草は荒々しく成長を見せるが、その伸びは弱く、一方で野菜やマツの木などが顕著な成長を見せている。ざっと見た矢野さんの感想は「溝(水脈)は雨で埋め戻されているが、空気を通して植物が生き生きとし、自然は正直に答えてくれている」というものだった。

この日、矢野さんと岡山支部のSさんは新幹線で博多まで行き、福岡空港から屋久島へ飛び昼過ぎ到着。私は、岡山の津山インターから陸路を夜通し走って、朝方鹿児島へ。8:30発のフェリー屋久島2で宮之浦港に着き、二人をピックアップして安房に午後到着。

今回、私は準スタッフということで矢野さんらと宿を同じくし、車での移動の手伝いなどサポートをすることになっている。その交流の中から有意義な情報を得ようというもくろみもある。

午後3時からアペルイにて自己紹介と座学開始。屋久島新住人の新たな参加者が多数来ていた。前回の屋久島講座の結果を振り返る前に、矢野さんの座学はまずこの場所がどいういう所なのか、空間・時間・脈・層・・・を頭に入れて、マップを段階的に見ていくという話から始まった。

自然の地形の中では雨風が手入れをして、膿むことなく淀むことなく常に生成発展を繰り返している。しかし、人が地形を崩し人工物を作れば必ず淀みができる。人は自然界にはない直線や直角などの幾何学的形態を作ってしまうからだ。特に建物周りはそうだ。

前回の講座で「通気透水脈」を入れた場所(青点線)。

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国土地理院の地形図から。黄色丸がアペルイ敷地。竹女護川の右岸、河岸段丘の大地になっており周囲に茶畑が散見される。

さらに鳥瞰的に見る。安房川の河口に港と中心街。下の赤丸がアペルイ敷地。山に向かっている黄色塗りの道路は縄文杉や宮之浦岳登山口に向かうルート。

外に出て敷地を見ながら矢野さんの解説を聞く。大地の再生についての考え方と手法の概要である。自然環境にしても、庭や畑など元環境に強い変化を加えた場合は、それに見あった手入れを繰り返さねばならない。雨風がやっていることを人が代行するということだ。つまり「風の草刈り」で対処する。

とくにコンクリート構造物で地面を固めた場合、大地が締め付けられ、詰まるという現象が起きる。空気が通らないと水ははけが悪くなり泥水が出る。草の芽生えがなく日照りになれば過度に乾く地面となる。草木が生えていれば根がもがこうとし、枝葉は暴れてヤブ化する。ムラのある成長によってますます風通しが悪くなる。

それは「水脈整備(通気透水脈)」で対処する。溝や点穴を掘って地中の空気を通してやる。空気が通ることで水が動く。植物の根のネットワークによって、驚くほど遠方までその成果が出る。

アペルイの敷地でも水はけの悪い場所があったが、水脈の整備で雑草の芽立ちがあり緑に覆われている。そこに木材チップや枝・落ち葉によるグランドカバーを組み合わせれば、踏みつけなどで締め付けられる力を弱められる。さらに植物の根が発達することにより柔らかい地面になる。

これを再び風の草刈りによって手入れすることにより、草が優しくなり、厄介者ではなくなってくる。

メンテナンスについては、今なら埋まってしまった内外のくびれの部分を5㎝も掘り起こせばよい。力を入れ過ぎず、バチクワやツルハシなどでリズムをつけて掘っていく。

道のきわに側溝と同じような位置に溝が掘られる。すでに緑に埋もれてわかりにくくなっていたり、雨で埋まっている場所もある。

この溝のひと月半後の姿を見ると、竹が「通気透水脈」に優れた素材であることがよくわかる。細くしなやかでかつ強靭な枝の重なりが、土や緑がかぶさる中で通風空間をしっかり確保している。

大きめの点穴ビフォー。

畑はいい感じの「自然菜園」という雰囲気を醸し出している。

前回、矢野さんがやりにくそうな体制で重機を動かし、溝を掘っていた隣の牧場との境界。

前回話に出た通り、クズのツルは細く、全体の姿も穏やかで優しい感じになっている。風の草刈りで本当にそんなことが起こるのか? と疑っていたが本当だった。

刈った先から再生芽が細かに分かれて出ている。

小さな粒ぞろいの柔らかな葉が、低い位置で再生している。

細部は細部として、全体から見たこの光景に私は不思議な感動を受けた。雑草たちの集合体なのだが、それぞれがひかえめに主張しながら空間のバランスがとれている。美しいのである。

風の草刈りだけの効果ではないのだろう。やはり下部の通気透水脈が効いているのである。この季節ここ屋久島で、この2つをせずにひと月半放置すれば、とんでもないヤブになっているはずである。

ハゼ、ハマヒサカキ、タブ、ヤブニッケイ、などが混在する樹木と林縁の道空間。ここに来て、その空間の美しさに尋常ならざるものを感じた。例えて言えば、ひじょうに優秀な画家が、それぞれの植物の構造や特徴を熟知した上で、バランスよく絵画的に配置して描いたかのようなのだ。

たとえばヴァトーやコンスタブルや川合玉堂の描く樹木と下草は不自然さや破綻がみられないが、かれらは写生をそのまま描いているのではない。絵の構成の中で美しくみえるようコントロールしているのだ。ここではひと月半前のかなり荒っぽい処方と、その後の自然の再生力によって、そのような美しい空間に仕上がっている。驚きべきことだ。

これが昔の人たちが手入れしていた里山空間なのだ・・・と矢野さんは言う。里山とは、元自然をいったん壊してから再創造したものだが、それは美しいだけでなく、維持管理することで元の機能以上になり、動植物をより多く豊かに育てる。

際立たないけれど、手を入れ続けると輝いて普通じゃない場所に見えてくる。全体が息づくような場所に成長してくる。

枝枯れを見せていた木々がみな生き生きとしている。枯れ枝から胴吹きが起き、新芽が柔らかな緑色できれいに出揃っている。



もちろんこのままでは、場合によっては鬱閉した空間になってしまうので、メンテナンスが必要になる。低潅木の下を切って地上部の風通しを良くする。水脈の上部の風通しも重要である。それによって高木の根も成長してくれる。

それは明後日の講座で実践する。背後には風の草刈りで柔らかに成長した草原が広がっていた。草食動物たちにとって、これは最高の餌環境なのではないだろうか。

アペルイの母屋に戻って感想会。解散後、矢野さんとSさんを乗せて私の車で尾野間温泉に入りに行く。

今日は矢野さんとスタッフと共にアペルイ泊。寝袋で雑魚寝である。食事は田中さんの奥様を中心に薪火カマドで作られている。屋久島の空気と水と火による料理がまずいわけがないが、台所を覗いてみると油や醤油など調味料を厳選して本物を使っているのだった。宮之浦にある自然食品店が配達してくれるのだという。

調べてみるとこの「椿商店」、本物調味料を置いているだけでなく、市価よりもリーズナブルな価格で「量り売り」までしてくれるのだと!

いやいや屋久島そこまで来ていたか。そしてアペルイ、なかなかやるのである。

屋久島の自然食品店で調味料量り売り 省資源目指す(『屋久島経済新聞』2017/12/11)


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