今日は荒川登山口から縄文杉へ向かうルート(トロッコ道)を歩く、というスペシャルな1日。縄文杉までは往復10時間程度かかるので、小杉谷集落跡地までを往復するのだが、初めての屋久島参加者はもちろん、前回の参加者にとっても屋久島らしい森と谷の深部を見れる絶好の機会。矢野さんは講座の下見に屋久島を訪れたとき住宅跡地が自然と融合した景観に感銘を受けたそうで、その場所を見るのも楽しみである。
集落跡地までは安房川上流に沿ってトロッコ道を歩く。トロッコは木材を運ぶための林業用の鉄道だが、小杉谷集落で暮らす人々の交通機関でもあった。大正12年に安房~小杉谷間に開設され、屋久杉の伐採が原則禁止となった昭和44年まで運行された。
私はかつてyuiさんとここを歩いて縄文杉・宮之浦岳へと向かった経験を持つので懐かしい。しかし、10年後にこのような形で再びここを歩くことになろうとは・・・。
なにしろ矢野さんは登山口で参加者を集めると、いきなり尾根と斜面の樹木の枯れを指摘し、その原因である「水脈導線を見ていく」と宣言した。そして「今日は見学ではなく『観察』。観察とは人目線から自然目線に、そして生き物目線になること」などと言い、早速われわれの観光気分を打ち砕くのだった(笑)。
トロッコ道に限らず、人が大地に道をつけるとき、その道は風や水の流れに大きな影響を与える。その線路道を歩き出してすぐにレクチャーが始まった。
線路ぎわにあるゼニゴケの仲間、ジャゴケである。屋久島は蘚苔類の宝庫でもあるが、このゼニゴケ類は都会でも繁茂し「ガーデニングの敵」とまで言われている。大地が詰まるところ、アクが出ているところに繁茂しやすい。侵食によって泥水が出ている証拠とも言え、路線ぎわのメンテの必要性を訴えている。
メンテはまず、1)地上部の風通しを良くする風の草刈り。これによって根が細かくなり地面に空気が入りやすくなる。2)そして表層の水切り処理。これでアクがなくなりゼニゴケ類が消える。庭でも除草剤などは使わずにぜひ風通し・水切り作業で改善したいものである。
軌道は荒川を渡る。
橋の上で歩みを止め、その豪快な流れを見ながら矢野さんが語り出す。
流れに点在する石のおかげでリズムができ、流れを緩和している。水の圧力が分散して、大地に力がかからないようになっている。これをモデルにする。
流れのスケールによって石の大きさができている。地形に段差ができることで、走る水地形にならない。この安定した水脈が植物の呼吸にも影響を与える。大地の再生講座の最初に語られる3つの視点「大地」「生物」「気象(空気と水)」について、石が大きく調整の役割を果たしている。
水と大地の関係、土と石と木のバランス、これをよく覚えておく。そしてマクロな川の状態を、ミクロな「水切り」という作業に相対的に落とし込む。
「これが今日の大事なテーマ・・・」と矢野さんが強調し、再び歩き出す。
とにかく停滞する水溜りを見つけたら、その原因となっている落ち葉の堤を取り去り、移植ゴテで溝切りをして流れを応援してやるとよい。
ただし、溝を切りすぎると流れが速くなり空気が走る。水切りは流れればいいというものではない。やらなければアクが溜まるが、やりすぎれば地形が崩れる。この真ん中でいくと大地も生物も安定する。そうして循環していくと健全な息づきが生まれ長生きする。
岩盤をくり貫いた隧道を通る。トンネルの中もまた、水が停滞すると壁面にアクが溜まり、風化しやすくなる。すると、やがてコンクリートを塗られるようなことになる。
線路下の水溜りに泡が浮き、泥アクが溜まっている。
このトロッコ道は実は現在も使われており、登山道整備の資材をトイレのし尿などを運んだりしているそうだ。その意味でもメンテナンスは重要だが、それだけではなく、管理の仕方によって尾根筋や地下水脈にまで影響を与えている。
トロッコ道が良くなるだけで尾根まで良くなる。尾根の高木は長い年月をかけて、普通の生き物が育たないようなハードな環境で成長してきた。だから、いちばん影響が出やすいのは尾根なのだ。
電線の管理のために樹木をまとめて伐採している斜面に出た。
この伐り方も良くないという。樹木もまた、萌芽(ぼうが)によって再生させるときは「幹のしなり・揺れの変わり目・腰の変わり目」で伐ると良いのだそうだ。高さでいえば地面から1.5m程度。
低く伐ったほうが採材に有利で地面はすっきりするし、電線のためにもいいような気がするが、そうなると樹木は根の構造を変えざるを得ない(根に弾力が戻らず呼吸しにくくなる)。高く伐れば根は元の弾力を保持したまま、穏やかに萌芽枝が伸びる。だから電線にはすぐにたどり着かない。
伐られた枝はトロッコ道の谷側にまとめて置かれていたが、この置き方も良くないそうだ。風通しが悪くなり虫害が発生しやすい。いくつかのブロックに分散して置くのがいい。
現在は植物や風の影響を考えることなく、見た目の良さで作業していることが多い。人の作業の結果で(伐り方や置き方ひとつで)ぜんぜん違った結果を産む。よくすれば全体の力は逆に増して輝いていく。悪くすればトロッコ道は傷み電柱はゆるむ、ということまで引き起こしかねない。
林業関係者もこの大地の再生視点を大いに学ぶべきだと思った。また。私が通う香川県の里山フィールドに高伐りして再生を繰り返したクヌギがあるのだが、ひょっとしたらこの原理を知って行われていたのかもしれない
斜面からトロッコ道に伸びている植物を刈って、風の通りを良くしておくのも重要。伐った枝葉は細かく切って地面にまいていおく。風の草刈りをすると大枝ではなく中枝の方が伸びる。下部が充実してくる(この作業は曲がりノコがやりやすい)。風は植物たちが呼吸しやすいように枝を折っていく。それを真似るのが大地や水脈につながる合理的なメンテナンスであり、最も省エネで済む刈り払いのやり方なのだ。
大きな岩盤を削ってトロッコ道を通した場所。尾根に枯れ木が見え、シダの枯れが目立つ。そしてここにも・・・
落ちる水に沿って泥アクがへばり着いているのだった。これもまた周囲の脈の詰まりが引き起こしている。
そのすぐ上に古い枕木が横たわって水と空気の流れを塞いでいた。このような場合は斜めに設置しなおして流路をひらくとよい。枕木と地面との間にピッケルなどで石を噛ませ固定する。隙間には落ち葉など有機物を詰める。有機物があることでそこに植物の根が入っていく。
流れをひらくのは土圧の弱い方(この場合は山側)。また線路は強固な構造物なので線路側に流路を作ると土が侵食される。これも地形を壊さない分散の仕方。加速度をつけない、つねに地形を痛めないように置き方を考える。
なぜ1,000年も生きてきたヤクスギが枯れてきているのか? 「表層流の分散と浸透が重要」なのだと矢野さんは言う。まず表層からケアする。それだけでヤクスギが生息しやすくなる。
トロッコ道の管理は草刈りだけでなく、まず水脈をふさがないということが重要だ。水脈の乱れがトロッコ道を最も傷める。トロッコ道は直線であり、あきらかに不自然な形状なのだから、全体の環境のメンテが必要なのは当然なのである。ヤクスギや屋久島全体の保全のためにも、このトロッコ道の管理が重要なキモだということがひしひしと感じられた。
(続く)