Sさんに渡された住所をカーナビに入れて、加茂川上流の美しい流れをさかのぼる。いくつかの茅葺き民家を過ぎた後、最奥に大きく立派な古民家が現れ、道に車が縦列駐車されていて、集合場所はここだとわかる。R君、こんな立派な古民家を借りているのか・・・と思ったら、そこはジビエ料理を出すカフェレストランで、今日はここが会場なのだった。
岡山県津山市の阿波。こう書いて「あば」と読む。今回の講座の発起人である猟師のR君は29歳・猟師歴7年。祖父が狩猟をやっていてそれを見て育った影響も大きい。銃ではなく、くくり罠を使い槍でとどめを刺すという方法にこだわり、採った獲物は余すところなく使う。精肉だけでなく、皮をなめしてそれで太鼓を作ったり、はてはニカワを精製して工芸家や画家などに販売もして、狩猟として完全に自立している。
いまどき狩猟だけで食えるのか? と訝ったが、彼が作る太鼓は人気で予約待ちだというし、現在多く流通しているニカワの原料は牛なのだがR君のシカで、性能がよく人気なんだそうだ。で、昨日の骨材をさっそく見せてくれた。
R君(中央)はここ「大きな木」にもシカなどの野性肉を提供している。オーナーのTさん(左)は311をきっかけに千葉から移住してきた。R君は野性動物たちが大地に対してプラスに働きかける行動を観察してきたという。矢野さんの現場を見て同じものを感じ、自分もまたこの源流域で再生をやるべくこの会を開いた。さらに滝の近くに小水力発電の計画が持ち上がっており、その開発に不安を感じて喚起と学びを広げようとしている。
参加者の自己紹介があり、地元の方がこの自然豊かな源流域を愛されていることが感じられた。オオサンショウウオの生息でも有名なこの地は「にほんの里100選」にも選ばれている。矢野さんの解説を経て外に出る。
「大きな木」の周囲にはすでに溝が掘られているが、家周りの改善を大地の再生手法でどのように見ていくか矢野さんの解説を聞く。土の詰まりのサインとして、敷地に草が生えず、雨のとき水たまりができて乾燥後に泥アクがたまる。屋根下にU字溝が作られることが多いが、コンクリートは水の浸透を妨げるのでU字溝の底に穴を開け、有機物や炭を混ぜた砂利を敷くと良い。
自然水路の草刈りは必須。特に水流の上は風が通るようにする。構造物に隣接する地面が詰まると地表部の植物はやぶ化する。それを「風の草刈り」で低く明るく風通しを良くしていく。自然地形は常に流線型で泥アクが溜まらない構造になっているが、人工構造物はそうではないので水路に溜まった泥などは定期的にさらって脇に上げておくと、ヘドロ臭のガスはすぐに抜けていい肥料となる。
現場に移動する。ここはスキー場の跡地で、今は牛の放牧などで管理されている草原。
手前の車道脇にイノシシの堀跡がある。R君はミミズなどの餌がないところでも、イノシシやアナグマが土を掘るのを、長年意識しながら観察してきた。とくにU字溝周辺に多く、そのの繋ぎ目を壊してサワガニなどが集まることもある。それが、まるで野生生物たちの自然再生事業を見ているように感じるという。
なだらかな草原が広がる。パラグライダーの練習場にも使われたそうだ。しかし、この開発にともなう弊害も当然ある。
スギ木立ちの斜面を沢まで下りてみる。
案の定、倒木に泥砂がたまる沢だった。チェーンソーを使って伐り出し、溝にたまる落ち葉をかき出す。こうして水の流れをスムーズにし、ヤブを払って沢の上の風の流れを取り戻すだけで、周囲の植物は根を張り出して活性化し、斜面は安定する。
これを皆でやりながら上流に進む予定だったが、あまりの倒木の多さに諦めることになった。それにしても凄まじい荒廃ぶりである。スキー場やゴルフ場の開発、またそれにともなう人工構造物の建設には、沢などの水脈の保全が必ずセットにならねばならないのだが、日本の法規制は甘く、人工林の荒廃と相まってこのような例は枚挙にいとまがない。
草原につけられた直線のアスファルト道路。これもまた、人間の都合だけによってつけられた構造物で、水脈を破壊している。
草原とのきわにU字溝が埋もれており、そのきわを掘ってみると、案の定「グライ土壌」特有の腐臭がして、鉄分の赤い泥なども出てくる。
この詰まりを開けて解放してやると、ようやく水と空気が動き出す。この詰まりが何十年と蓄積されてきたわけである。本来ならば、空気と水の循環する道づくりをするべきであった。
草原の中の水脈に沿って風の草刈り。
沢周りの灌木の処理。沢に向かって風通しを良くしていく。が、決してやりすぎない。全体のバランスも大事、風景で確認する。
草木の揺れる部分を風がちぎっていくイメージで空間を作る。その時の作業者の数や時間の中で、どの程度の仕上げが可能か考えて、そのときの雨風のエネルギーでやる。
参加者が連れてきた2匹のウルフドッグが花を添えた。
アオバトが鳴き、エンレイソウが生息。山を越えるとお隣は鳥取県の智頭町。
「大きな木」の前を群舞していたウスバシロチョウ。
風の草刈りをすると、例えばクマザサでも柔らかくなってくる。動物たちもまた同じような位置をちぎるように食べている。それを繰り返すと、細根が出て程よく安定する。次々に多数の新芽が再生するので、餌としての草がなくなることはない。大地がおかしいから草が足りなくなるのである。
それが今回の結論だった。