餅つき


いよいよ餅つき。前夜、たっぷり水を吸った餅米5kgは、アトリエの小さな蒸し器では1/3くらいしか入らない。これが臼に入れてどのくらいの餅量になるのかは未知だが、とにかくちびカマを外で火を焚いて蒸す。

20分ほどで蒸し上がり、臼に入れて「間伐ヒノキ製の杵」で搗き始める。餅つきは、最初からペッタンペッタンやればいいというものではなく、初めの「練り」が肝心なのだ。その点、自作の杵はハンドルつきで具合がよかった。

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結局3臼搗いた。ひとつはヨモギ餅にした(春に茹でヨモギを冷凍しておいたものを混ぜ込んだ)。前々日から仕込んでおいた小豆あんで餡餅も作った。餅つき経験の薄い相方にてきぱきと指示を出し、3臼を簡単に搗き上げてしまった。というのも、僕は中高校生の頃は、実家の正月餅をいつも父方の祖母と二人で田舎の納屋で搗く、という仕事を課せられていたので、身体が覚えているのである。

母方の実家は水戸の町家の木造家屋だった。手漕ぎの井戸があり、暮れには薪でカマドで餅米をふかし、母の兄弟たちが庭先でいつも餅を搗いた。祖母がのし板で正月用の餅をつくる。思えば僕は幼少の頃、井戸水と薪火を使った手つきの餅を食べていたのだ。いや40年前の日本人は、町場でさえ多くはそのような生活をしていたのだ。

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相方は関西圏の人なので丸餅をつくってくれたが、僕は雑煮は角餅じゃないと食べた気がしないのでのし餅もつくる。夕刻、カナダ人のアダムとHさんがお歳暮の鰹節(本枯れの雌節)を持ってやってくる。こんな山中でカナダ人から鰹節を貰うというのもナンだが、お返しは搗きたての餅というわけで、アダムたちは喜んで帰っていった。

夜は石臼でそば粉をひく。相方は天然酵母パンの仕込み。それでピザを焼いて、手打ち蕎麦で締めた。激動の神流アトリエ、一年のしめくくりにふさわしい宴だった。


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