すばらしい天気。早春の花が咲き乱れているアトリエ敷地の午前中は、春を告げるチョウたちがせわしく飛び交い、畑に出るのにデジカメを忘れようものなら、必ず取りに引き返すことになる。まずはコツバメが足下から飛び出す。春先だけに発生する地味で小さなシジミチョウだが、羽裏はツイード生地をみるような深い味わいがある。
サラダ用のホウレンソウを摘もうと畑を歩いていると、越冬タテハ系の焦茶色のチョウが枯れ草の地面に止まる。クジャクチョウだった。夏に見ることは少ないチョウだ。中学生のとき、茨城県北の山で、このチョウに初めて出会ったときの感動を思い出す。鮮やかな羽のデザインからか、学名(亜種名)にはgeisha・芸者という日本語が使われている。
アカタテハ、シータテハもお目見えする。キタテハが足下で産卵行動をとっていた。飛び立った後をみると、萌え出たばかりの食草のカナムグラの葉の裏に3粒の卵が産みつけられていた。チョウの卵は種類によって様々な形があって面白いが、キタテハのものは縦筋が入っている。カナムグラは空き地などにヤブをつくるツル性の草で、草刈り時には真っ先に切られる嫌われ者だが。
イノシシにかき回されたワサビの湿地は、ズタズタになった場所に小さな水たまりができ、周辺の草が青青と立ち上がり、早くも回復のきざしをみせて、スギタニルリシジミが深い青の輝きを放って飛び交っている。ワサビを倒されたことえを考えれば被害だけれども、湿地を維持するためには、この小さな撹乱はいいことだ。
ところで、邪魔な場所では刈っておいた菜の花だが、刈って倒しておいても数日はしおれない。生命力旺盛というか、倒しても自分の水分を利用して花はずっと咲き続けたままなのだ。そして、この刈った花に蜜を吸いに来る虫たちもけっこういるのだった。
敷地の手入れというものは、ちょっとした気づかいで様々な発展のしかたをする。これをただ管理するだけの土地と考えるなら、エンジンの草刈り機ですべての草を刈り払い、熊手で刈った草を小山に積んでしまうところだ。またヤブになる未利用地は薬剤で枯らしてしまう人だっているだろう。
でも、適度に草刈りし、残すものは残し、薬剤はいっさい使わず、イノシシによるひっかきを「小さな撹乱」と考えて容認し、じっと耳を澄ませてみると、たくさんの鳥たちの祝福の声が聞こえてくる。そのさえずりを聴いていると「ここは天国だなぁ」としみじみ思えてくる。そして、昔こんな場所は、平地の町なかでさえいくらでも存在していたのだ。