法師温泉行き


「日本秘湯を守る会」のスタンプ帳が10個満願となったので、事務局に送っておいたところ、第一志望の法師温泉へ無料で泊まれることになった。この温泉は越後国境に近い沢のどん詰まりに1軒だけ「長寿館」という温泉宿があり、上流には民家はない。旧館の宿は築130年という木造建築で本物の囲炉裏がある。それを見たのがアトリエの囲炉裏再生のきっかけになったのはHPに書いたとおりだ。

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なんといっても湯屋がすばらしい。6艘の木造の湯船が並んでおり、源泉掛け流しで湯への加工はいっさいない。なにしろ小石の底から直に湯が湧き出ているのだ。ややぬるめで無色透明だが、硫黄の匂いがする。太い梁を使った大空間がほんのり暗く、そこに行灯が明かりを差し、アーチ型の高窓から新緑の光が注ぐ。

温泉教授、松田忠徳監修『日本の千年湯』には「どんなに趣向を凝らした宿でも調和を乱す何かがあるものだが、この宿にはそうした綻びが一切ない」と書かれているこの長寿館。しかし、僕らは値段の高いほうの新館に案内されてしまったのだ。

そこはトイレも冷蔵庫も電磁調理台の付いた流しもある、というゆったりと豪勢な客室だったが、調度品に無垢の建材ではないものがあり、やや息詰る感じがしたものだ。以前泊まった一番安い旧館(湯屋とともに文化財建築に指定されている)のほうが僕らにはよかった。道を挟んで対岸の旧館に明かりが灯る。格子戸が美しい。

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お客は言わずと知れた平成のじじばば様でいっぱいだが、外人女性のお客もいて混浴に平然と入って来るのに驚いた。今日はまだ空いているほうで、仲居さんによれば昨日の土日は満室だったというから凄い(これはもう秘湯ではナイ?)。

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新緑は慣れっこなので風呂上がりの散歩はしないで客室で読書。湯上がりのホエホエ感がたまらなく気持ちいい。2年かけて秘湯宿を10軒まわったわけだが、最初がここ法師温泉長寿館だった。囲炉裏に開眼もしたが、僕らはここで温泉というものにも開眼してしまったのだ。そして、全国各地の取材先でも共同浴場や秘湯を探求することになり現在に至る。

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料理が部屋へ運ばれる。これまで廉価な宿ばかりを回ったせいか食事は大食堂で食べるのが多かった。やっぱり部屋食は落ち着く。山菜系がたっぷり出るのを期待していたがそうでもなかった。料理は手が込んでいてスッポンの吸い物まで出た。

早めにぐっすり眠って、まだ明けきらぬ3時過ぎに大浴場へ行き、たった一人でお湯と空間を堪能する。木と石と湯だけ、そこに身をゆだねる喜び。なんという贅沢。これぞ日本の大自然・木造文化の華というものだ。

4時近くにジジ様1名が入りにやってくる。3つある湯屋のうち、最もすばらしいこの大浴場は女性専用の時間は夕食後の数時間だけで、あとは混浴となる。が、さすがにYKは混浴に入る度胸はないようだ。

ここで湯治歴ウン10年というオババ様と混浴しながら、彼女の法師温泉うんちく話に耳を傾けるというのも、まあ貴重な時間ではあった。

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チェックアウトの時間ぎりぎりまで温泉を堪能して、帰りは利根川源流の藤原ダム~八木沢ダムを見学。ここは首都圏の水がめでもあるが、湖底に集落が沈むときの反対運動の軌跡を保存した茅葺き民家の中の博物館や、それとは対照的な豪華施設、東電のダム発電PR館などを回る。

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そこで『オール電化で住まいを愉しもう』というパンフを入手。床暖房のある電化キッチンでパスタを茹でる若奥様の微笑みを見て、絶望感と虚脱感がこみ上げてくる。湖底に沈むまで何ひとつ不自由なく豊かに暮らしていたというあの山村では、どんな美味を手放したのかな・・・。

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