四万十式作業道取材16.(世にも不思議な物語「林業」篇)


徳島の穴吹で泊まらせていただいた家の家主、Iさんは70歳。年金生活者だが、夫に先立たれ山林に莫大な借金を背負っている。木が飛ぶように売れた時代、政府の金融機関「農林漁業金融公庫」からお金を借りて、植林や手入れをし続けたからだ。

当時は日本林業の黄金時代。やがて材価が暴落し、林業がどん底産業になるなどとは夢にも思わなかった。だから、貸す方も貸す方で、どんどん貸し付けしたらしい。

Iさんの山は手入れされているので良木がたくさん残っている。が、現在の価値では立ち木は二束三文であり、担保の土地の評価額は驚くほど安い。

かつては造り酒屋をしていたIさん宅だが、Iさん自身は土地っ子ではない。大阪から嫁いできたのだ。その酒屋も時代の波に押されて廃業し、林業に鞍替えしたのだった。いま、造り酒屋を忍ぶよすがはIさん自身が暮らす住まいである。

おじいさんが建築道楽で建てたもので、天井板は屋久杉の杢板、もう一方の部屋は柾目板。欄間はケヤキの透かし彫り。柱はヒノキの柾目(もちろん無節)、二つの床の間には畳(たたみ)一畳ほどもあるケヤキの一枚板が使われて、違い棚には名のある画人の水墨画が施されている。ひとつ間違えば重要文化財クラスの建物だが、これもまた、上物の価格はゼロに等しく、土地の値段しか評価されないという。

「いま、崩れない作業道を入れておけば、5~6年後に山からかなりのお金を取り出せますよ」

「もし家が取られたら、そのときは板材だけでも外して古材屋に売るといい」

などと、僕らはマジで語り合ったのである。この森の文化国家である国の機関たるものが、林業の未来と木造文化をまったく理解していないとしか言いようがない。そして、行革のあおりで「農林漁業金融公庫」は統廃合され、新たな政府系金融機関「株式会社日本政策金融公庫」となり、今後取りたてが厳しくなるという。

この山林と家が「価値の解らない人」に転売され、山は「廃土捨て場」に、家は「ミンチ粉砕」になる可能性がある。新しい担当者は自分の任務だけを全うしようとするだろうし、その新たな機関が林業と木の文化を知るとは到底思えないからだ。

実はいま世界のいたるところで、こんなバカなことが行なわれている。第三世界の後進国(なんて言葉だ!)に金を貸して、換金作物をつくらせ、土地をがんじがらめにしてしまい、一部の特権階級だけが潤って、大多数の地元民は自給自足の土地と、伝統文化を奪われ貧困に喘いでいる。

借金と金利のからくりは、数字のマジックなのだ。もっとも尊いものは、産物を生み出す土地そのもの、そして風土と知恵から育まれた固有の文化。それを大切に思うものだけが、これからの新しい地球住民であるべきだ。

Iさんが貞光の古い街並を案内してくれた。「二層うだつ」が並ぶ珍しい建築で、うだつには鏝絵(こてえ)がみられる。

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目を見張ったのは造り酒屋を改装した「織本屋」である。酒造業をいとなむ商家だが、平成17年に所有者がつるぎ町に建物を寄贈し、町はそれを改装してギャラリーやコンサート会場などの保存利用を始めている。

元の造りもすばらしいのだが、その改装のセンスが実にいい。その落ち着いた白壁の外観からは、想像もつかないような空間が待ち構えている。「これぞ日本の建築だ」と声にして叫びたい衝動にかられた。

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僕らはいつか、ここで個展やライブをやることになるのではないだろうか。いや、ぜひとも実現したいものである。

 


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