森のこと(3)/石城 謙吉『森林と人間』を読む


今日は選挙で、家の前の県道も人の往来と話し声でざわついているのだった。私は期日前投票を済ませているので。近所のOさんからいただいたケヤキの枝を薪にさばく。

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細いのは手ノコで、やや太いのは電動チェーンソーが活躍。音が小さいので住宅地でもOK。振動も少ない。ただし、危険きわまりない道具であることは変わらない。普段は下駄履きの私も、このときばかりは靴に履き替え、手袋もする。

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所要時間2時間。ケヤキもなかなかい匂いがする。太いのはクサビで半割りにした。こうすると積みやすいし、乾くのも早い。両サイドを井桁に組むとつっかえ棒を作らなくても高く積むことができる。ここはガレージの壁なのでコペンのお尻に薪が映り込んでいます。

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さて、森に関してもう一つ重要な本が出ていることを発見し、さっそく図書館で借りてきて読んだ。『森林と人間』(石城謙吉著 岩波新書2008)副題は「~ある都市近郊林の物語~」。著者は現・北大名誉教授。

タイトルや著者の肩書きからすると硬そうな本だが、奧付けをみると石城さんは『イワナの謎を追う』の著者だった。イワナの本は私がかなり若い頃に読んだ記憶があり、とても面白く知的興奮を味わった本だ。よく覚えているのだ。

北大の苫小牧演習林を手入れしながら市民の森に育てていく、その実践と考察の記録である。著者は元々は魚の研究者で林学とは無縁の人なのだが、縁あって道北の大学演習林に配属される。当時の大学演習林はというと、演習林とはいえ名目は文部省の財産林であり、自主財源確保のために意外やハードな林業が行なわれていたのだった。

「赴任後間もない1971年の年明け早々、私は演習林の冬の伐採事業の飯場に3ケ月間泊まり込んだ。この冬山で私がまざまざと見たのは、機械化された林業による、森林からの木材収奪の凄まじさだった。

全山にチェーンソーの音が鳴り響き、合図の掛け声が聞こえ、笛が鳴る。それに混じって大木の倒れる凄まじい音が起こり、雪煙が舞い上がる。こうして直径が1メートルを越えるようなミズナラやアカエゾマツが次々と伐倒され、丸太に切り揃えられては搬出されていくのである。

そして、鬱蒼としていた大木の森が、伐採の終わった区画から惨憺たる姿に変わっていくのであった。それが大学の森で行なわれていることもショックだった。自分が紛れ込んでいる世界がなにかを、考え込まないではいられなかった」

70年代初頭に出会った原生林伐採の現場の衝撃、それが森づくりに向かった著者の原点だ。と同時に、演習林を「狭い意味での林学の枠を払った、総合的な自然研究の拠点として生かす」ということを考え、伐る木が底をつき人工林の失敗で惨憺たる様相をしていた苫小牧演習林に、自ら飛び込む(73年)。

当時の苫小牧は王子製紙の企業城下町であり、開発計画も目白押しだった。郊外では至るところブルドーザーが湿原を埋め立てており、団地が建てられたりしていたが、市民の自然保護の気分も高まっていて、荒れ果てた苫小牧演習林にさえ市民が憩いの場を求めて遊びに来ていた。そんなおり、著者は「どろ亀さん」こと高橋延清らとヨーロッパの視察の旅に行く(78年)。

さて、ヨーロッパを視察するとどこでも広大な都市近郊林があって、そこでは択伐林業と市民のレクレーションが共存している。これらの都市林づくりでは、在来樹種の育成と樹種・樹来の多様化が重視されているのだった。

ここで、ヨーロッパの林業をおさらいしておくと、かつては木材利用の効率のいい樹種に転換して工場のように森を作っていく林業が主体ではあったが(これを「法制林」と呼ぶ)、19世紀半ばから上記のような都市林づくりもかなりの面積が行なわれており、現在ではこのような森づくりは林業経営の面からも理論化(メーラーの「恒続林思想」)されているのである。

すなわち針葉樹の人工林を皆伐せずに、間伐(間引き)を繰り返して林内に天然木の育成を促し、その自然の力で森林を複層化させ、恒続的に木材生産を行なえる森にしようというものである(あれ? これって鋸谷式間伐の方向と全く同じでは???)。ヨーロッパの林業は現在、皆伐と人工植栽を基盤とする法制林からこの方向に変わってきており、ドイツ、スイスなどの都市林はその先端的拠点となっている(同書37ページ)。

ところが、当時の苫小牧演習林はというと・・・

「林はどこを見てもやつれた感じで、枯れ木が目立った。また林の大半が針葉樹のカラマツやトドマツの人工造林地になっている。というよりも、その失敗跡地ばかりなのだ。もはややぶ原とも草原ともつかぬもの、植えた木がある程度は育ったもののその後の手入れが放棄されたまま、中に踏み込むこともままならないほど混み合っているのだ」

「この演習林の人工造林が台風、晩霜(おそじも)をはじめとする気象害や病虫害の多発によって大きな被害を受け続けていることは、以前から聞いていた。しかし見るところ、原因はけっしてそれだけではなかった。植えるだけは植えても、その後の手入れがまったく追いついていないのだ。それにもかかわらず、人工造林の失敗跡地にようやく自生した広葉樹の再生2次林などが再び大規模に伐り開かれ、懲りもせずに同じ人工林づくりが行なわれているのだった」(同書8ページ)

というわけなのである。なんだか身につまされますねえ(笑)。まるで私が森林ボランティアで林業に潜り込んで調査を開始したときのことを思い出します。

さて、著者、石城さんの森をどのように変えていったのか? この後の活躍ぶりは・・・。

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続く。


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