マツ枯れ研究異説
このところ、時間をみては森林関係の図書を読んでいる。特に興味深いのは土壌生物の研究者、小川眞(おがわ・まこと)氏の『森とカビ・キノコ』(築地書館 2009.8)である。
小川氏は過去に森林総合研究所(略して「森林総研」以下)にいたことがある。森林総研は林野庁の外郭団体である。マツ枯れの原因は虫(マツノマダラカミキリ+マツノザイセンチュウ)であるとして薬散布を続ける論理構築をしてきた。しかし、小川氏は異説を唱えていたのだ。
すなわち私がいつも言っている「マツ枯れは遷移による土壌の富栄養化」が根本にある、ということだ。まず、この事実を発表できる研究者が日本にいたことに驚いた。
さて、同書から。1991年の11月頃、小川氏の元にポーランドからの研究者がコンタクトしてきた。ポーランドの国立林業研究所の所長以下、あちらの行政関係者ら4人の目的は「松くい虫の防除対策やマツ枯れの研究内容を知りたい」というものだった。しかし、林野庁や森林総研を訪ねても、マツノザイセンチュウと薬剤による防除の話ばかりで、樹木衰退の現状や予防、植生の回復方法などを教えてくれる人がいなかった。そこで小川氏に会いにきたのだ。
「マツ枯れは土壌の富栄養化による根菌の消失と根の腐りの拡大が誘因になっているらしい」
と小川氏が言うと、彼らは
「ヨーロッパでも同じことを言う人がいる。まだ因果関係ははっきりしていないが、自分たちもマツについては、かなり当たっていると思う」
と言う。さらに。
「ポーランドではそれよりもむしろ酸性下降物による土壌汚染の影響が大きいのではないかと考えている」
と言うのだ。すなわち「酸性雨」である(日本でも酸性雨がマツ枯れの原因ではないかと騒がれた時期があったが、林野庁や森林総研はこれをかたくなに否定し続け、現在に至っている)。
さらにナラ枯れが始まった
そして、小川氏はマツ林の手入れや粉炭を根際に埋設する樹勢の回復法を教えたのだが、彼らは別れ際に
「最近、東ヨーロッパの各地では針葉樹だけでなく、オークなど、ブナ科の樹木も枯れ出している。日本ではどうか?」と尋ねられた。「おそらく、そのうち日本でもオークが枯れ始めますよ」と。
そして、実際、この頃から日本でも、雪の多い地方でナラ枯れが始まっていたのである。私も北陸での顕著なナラ枯れのことを以前の日記(2005/9/29)(2008/9/1)に書いている。
国が特定する犯人はカシノナガキクイムシという穿孔害虫である。しかし、穿孔害虫はふつう衰弱した木にしか入らない。だから、マツと同じように、これも遷移の途上のできごとと感じていた(やがて常緑樹が優勢になる)。
が、ヨーロッパの研究者が「酸性下降物による土壌汚染」の影響をいい、日本では豪雪地帯からナラ枯れの被害が始まったことから、「酸性雨説」もありえる。とすると、マツ枯れも「土壌の富栄養化」だけでなく「酸性雨」による土壌汚染も大きな原因の一つに思えてくる。
私は今回の九州旅での、車道の光景を思い出す。地方都市の朝夕のラッシュアワーでは上下線がまるでベルトコンベアーに乗ったかのように鎖状に車が移動していること。幹線国道では、深夜にトラック便が時速70~80kmのスピードで走り続けていること。それでもまだ大きな道が造られ続けていること。
酸性土壌とリン酸結合のメカニズム
先日、県立図書館で『自然と人間』という月刊の小冊子を見つけた。今年の1月号にジャーナリスト森田くみ氏の「炭は森と地域を豊かにする」という記事があり、その中に元東邦大学教授の大森禎子氏の酸性雨と土壌のメカニズムが書かれていた。
「土壌の酸性濃度がPH5以上になりますと、土の中の金属成分、鉄やアルミが溶け出します。すると土壌中のリン酸と結びつきます。あるいは水と一緒に木の中に吸収され、形成層中のリン酸と結合して、不活性化させてしまうのです」
リンは植物の成長に欠かせない物質なので、それが阻害されれば成長が弱くなり木は衰弱する。環境省も酸性雨を計測しているが、それによれば現在の降水はPH4.8前後の酸性雨が降っている。アルミが溶け出すレベルだが、報道機関には「土壌酸化は生じていないと考えられる」としている。
河川ではPH5になると魚が全く棲めなくなるが、土壌の浄化力によって6~7程度に回復する。しかし、現在の森林土壌はPH3台という強酸性を示すことも稀ではないという。
ところで、雨よりも雪のほうが汚染物質を補修・堆積させるのだ。雪が溶ける前に汚染物質が先に溶け、濃縮しつつ土壌に浸透して、春の植物の活動期に土を強く酸性化する。この雪には大陸から西風に乗ってやってくる硫酸イオンも多い。また、汚染物質は霧でも濃縮されるという。
赤城で発見した大量マツ枯れ
閑話休題。あまりに天気が良かったので赤城方面にドライブ。嶺公園でミズバショウを見る。
ミズバショウの群落を初めて見るyuiさんはご満悦。
さて、嶺公園から赤城山頂付近まで行こうと本道に出る前に細い道を行ってみると・・・
どひゃ~。マツ枯れ発見。
凄まじい枯れ方だ。しかも林床にはアズマネザサがびっちり。これでは自然落下のタネによる後継樹が育たない。看板に「平成8年度保全松林緊急保護整備事業」事業主体:富士見村/施工者:富士見村森林組合、とある。
14年前、いったいここでどのような施業が行なわれたのか? 結果的にマツは枯れてしまったわけだが、マツ林の整備のために邪魔な広葉樹を伐ってしまっていたとしたら、それがアズマネザサをはびこらせる原因になっていると思う。
風が吹いたら恐ろしくてとても車を走らせられる道ではないが、ある程度は伐られて、転がっているマツ丸太の皮を剥いで観察。ところが、穿孔虫の穴は極めて少ない。これは何を意味するのか?
枯れマツの伐採も進められているようである。また、帰宅して調べてみると、ボランティアグループによる枯れマツ伐採とその材による炭づくりや粉炭撒布による土壌改良なども行なわれている様子だ。
しかし、ついこの間までネオニコチノイド系薬剤の空中散布が行なわれていたのであり、国はナラ枯れにも基本方針は薬剤撒布で行くようである。
ふうむ、それにしても林野状況を探るには脇道にかぎる(笑)。赤城神社を参拝。湖の氷が溶け始めている。マツ枯れ・ナラ枯れの謎が解明されようとしている。