島の南東側にいい砂浜があるというので僕も行くことにした。坂道を下りていく途中で僕たちが積んだ石垣が見えた。
カテゴリー: 動植物
カレーとヌマチチブ、奴とひじき
Gomyo倶楽部の活動日。朝から暑いです(!)。僕は高校生たちと焚き火でカレーを作り。羽釜でコメを炊いた。群馬の囲炉裏で使っていた五徳を持って行った。羽釜は小さいのがGomyo にあるのでそれで炊くのだが、網の上に乗せるには安定が悪く、火のまわりも弱くなる。その点、五徳は羽釜にも具合がいいのである。
もともと羽釜というのはカマドで使うもので、あのツバの部分がカマドの穴に引っかかってお尻の部分に全体に火がまわるようになっている。囲炉裏でやる場合でもその原理を再現しないとガンダ飯(生炊き)になりやすい(とくにコメの量が多い場合)。
水路のエビ、入梅いわし、ミツバチの同定
棚田のイネが「いもち病」にかかっていると連絡が入ったので朝から単独でGomyomのフィールドへ向かうことになった。僕はイネの病気に関してはほとんど知識がないのだが、ネットで調べてみるとけっこう重大な病気で、放っておくわけにはいかないようだ。
というわけでバケツや容量の測れるペットボトルや計量カップを積み込んで、途中で「いもち病」用の殺菌剤(住友化学の「ブラシンフロアブル」)を農協のふれあいセンターで買い求めた。
琵琶湖博物館〜たむたむ八日の市〜Yさん宅
戦後の昭和期、アマチュアによる蝶の生態解明が次々と成されていたとき、ヒサマツミドリシジミ(Chrysozephyrus hisamatsusanus)は日本で唯一生活史の分からない蝶であり「生態不明の最後のゼフィルス」と呼ばれた。当時、京都花背の杉峠がその産地として著名で、ゼフィルスはナラやカシの類(学名Quercus属)を食樹とするものが多いが、ここではなぜか杉の木に飛んでいて、それが食樹の発見を遅らせた原因でもあったそうだ。
