宮崎学『イマドキの野生動物』を読む


日本の林業と森林を追い続けているうちに、生まれてくる数々の疑問、それをひも解きながら私はこれまで人工林の間伐技や作業道の開設技術書などを書いてきた。そしてその根底に流れる日本の森・自然の本質と現代の森林像、新たな林業への提案を、昨年『「植えない」森づくり』に著した。

人工林の荒廃と間伐の重要性はようやく一般にも周知されたようだ。しかし誤解してもらっては困るが日本の森全体が荒廃に向かっているわけでは決してない。自然林を皆伐しても日本では放置するだけで再生が始まる。一時的に保水力は落ちるが萌芽枝や灌木や陽樹が自然発生し、最初は過密なヤブ状態でもやがて淘汰がおきて森として自立していく。


光空間ができれば植物が自然に生えてくる。だから、荒廃人工林でさえ、風雪害で木が折れ、土砂崩壊で穴ができれば、そこに新たな植物が芽生え、新たな森の営みが再生していくのである。マツ枯れ・ナラ枯れ跡地もしかりである。

欧米の林業を模範として目を向けたとき抜け落ちるのは、この気候風土のちがいから来る自然再生力の強度だ。また、戦後のエネルギー革命によって森からバイオマスを収奪しなくなり、森の土は養分で溢れている。その再生力はいっそう増しているのである。日本の森はこれまで経験したことのない新しい時代に入っているのだ。

残念ながら、これまで日本の森林・林業をリードしてきた方々にはこの最も重要な部分が見えていないのだが、さすがに長くフィールドワークを続けている観察者は気づいている。その一人が動物写真家の宮崎学(みやざき・まなぶ)さんである。

森と野生動物は常に緊密な関係にある。動物写真家である宮崎さんは長年に渡って野生動物を観察し続けることで、結果的に日本の森の姿をあぶり出していた。私は『「植えない」森づくり』を書き進むうちに野生動物の問題に逡巡していたのだが、絶妙のタイミングで宮崎さんがクマの観察・勉強会を開いてくれ(こちら)、拙著にはその取材成果や、了解を得て宮崎さんのブログ記事を引用させていただいた。

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その宮崎さんが今月『イマドキの野生動物』(農文協)という本を出版された。写真が7~8割を占める非常に面白い本だ。野生動物と人間社会の問題を「自然界の報道写真家」と自称する宮崎さんが、様々なスタンスから鮮やかに活写している。動物写真は、そのシャッターチャンスをものにするだけでも大変なことなのだが、この写真に溢れる野生動物たちのその種類と数、姿態、さらに芸術写真としての完成度はさすがというべきか舌を巻くしかない。

そのタイトルからお解りの通り、そして出版社が「農文協」という位置からも察する通り、この本にはいま山村の再生を考える上で最重要の野生動物問題を解く最前線のテキストになっている。農林業の従事者には獣害を防ぐための多くのヒントがこの本に内臓されているし、なぜ被害が増えたか? という原因についても的確な解説がなされている。写真によって視覚化されているだけにその説得力は比類がない。

と同時に、私たちがなぜここまで野生動物を変化させたのか? についても警鐘を鳴らしている。そして対策としては「もはや”動物対策のプロ集団”が必要」とまで述べられている。便利な現代生活に慣れ、野生との接触が希薄になり、自然を見詰める目が鈍磨した私たちには耳の痛い話である。しかし、この『イマドキの野生動物』を熟読玩味する勇気を持たないようでは、現代の日本の自然を語る資格はない。

森林に関しては1章に長野での自然林・原生林の伐採→カラマツ植林→自然再生によるプロセスが半世紀の観察で語られている。3章では荒廃人工林のクマはぎによる被害の新たな推理が展開され、5章ではマツ枯れとそれが広葉樹の森に変わる姿が写し出されている。私としては日本の森の真実に目を開くきっかけになるであろうこの辺りの影響が楽しみである。

この本に出会うことで、これまでの自然保護について考えを改め、軌道修正する人がたくさん増えるのではないだろうか。そしてそれをきっかけに、列島再創造への足並みが揃うことを期待している(拙著『「植えない」森づくり』もよろしく!)。


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