縄文小屋の仕上げ「棟造り」@小豆島うすけはれ


前日は徳島で壁画のドローイング、今日は早朝の船で小豆島へ(忙しい💦)。11/6~8に行われた縄文小屋ワークショップその後、参加メンバーが近所の中山農村歌舞伎の小屋で行われていた茅葺き作業を見に行ったらしいのだが、その職人さんたちが噂を聞きつけてうすけはれの縄文小屋を見に来てくれたというのだ。

それで「『棟造り』の部分を私らのワークショップでやってあげよう」ということになったらしい。上杉くんからその連絡が入り、僕のスケジュールに合わせてその日取りを決めてくれたというわけである。

さて、棟造りの棟(むね)というのは屋根のトップの部分。下写真の赤丸の部分である。

この部分は茅(かや)の末の(切り口)の部分が左右から合わさって、一部クロスしている。これでも雨は防げないことはないのだが、本当はここに何か「被せ」をして雨を完全に避けたほうが良い。また。ここに重量をかけて締めることで建物自体が安定する、そして意匠的にも美しく映える。

僕はこの縄文小屋が4棟目の経験なのだが、これまで棟を造った経験はない。棟には様々な様式・スタイルがある。茅葺きのプロの方々が、この縄文小屋にどんな材料と手法で棟造りをするのか、興味津々であった。

中山の歌舞伎小屋の葺き替えに来ているのは秋田県の「佐藤茅葺店」という方々で、今回は親方を筆頭に4名のメンバーが来てくれた。仕事は文化財の補修を中心に全国を回られているそうで、社長(親方)の佐藤さんはなんと40代と若い。そして女性のメンバーもいる。

佐藤さんらはワークショップ慣れされているようで、資料もパネルでちゃんと作ってある。

棟造りの解説と写真もあり。

あのワークショップから20日も経過したところだが、上杉くんは小屋に窓を設置していた。

かなり大きな窓で、この窓枠は素麺を保存する木箱だそうだ(「うすけはれ」は素麺工場をリノベしたもの)。この窓の設置は佐藤さんらがすでに手伝ってくれたらしい。内側に回ってみると、精緻なしつらえが施してあり、構造的だけでなく見た目にも美しく仕上がっている。

まずは佐藤さんみずからその窓周りの仕上げを施していく。窓枠上部に挿し茅をしていく。「もったて」という道具を使って茅を持ち上げ、すき間に茅を差し込んで結んでいくのだ。

今回の棟の材料のひとつ、杉皮。必要なものは佐藤さんたちが準備してくれた。

この杉皮は窓枠の下部の茅の押さえにも使われた。その上に竹を置いてステンレスの針金で締め上げている。

そして屋根バサミという独特の形状をしたハサミで屋根を切りそろえていく。

作業用の足場はスギ材の足場丸太を掛ける。内部の横竹に糸で掛けるために大きな縫い針のようん道具で突き刺して、内部の作業者と連携して止めていく。

そのときの紐はナイロンコードの独特のものだった。

こうして足場が設置されるといよいよ棟の工事が始まる。

まずカヤの束を上げて・・・

棟のトップの交差部分を覆うようにくるんでしまう。

その上に下地材としてルーフィング(アスファルト系防水シート)が敷かれ・・・

それを番線で結んだ丸太で両側から押し付けるように止め、その上に杉皮をかけていく。

さらにその上に、なんと「芝生」‼️ しかも最初の一列目は土の方(根の方)を表にして並べるのだ・・・。

左右からこんな感じに。

その上にもう一枚の芝生を貼っていく。頂部にはすき間ができるわけだが、そこに植物の球根(今回はチューリップなど)を埋め込んでさらに土を被せていく。

すると春先に棟の頂部から芽が出て花が咲く・・・という寸法である。上杉くんがペットボトルで水やりをしている(笑)。

飛び出た丸太をチェーンソーでカットして完成である。美しい! だけでなくルーフィングをかけてあるのでしっかり機能的であり、外側はスギ皮、丸太、芝生という自然素材でしつらえてあり見事に調和している。

重い丸太は番線でバランスをとりながらぶら下がっているだけかので、その辺の耐久性が疑問だったが、佐藤さんに聞いてみると かなり長持ちするので問題ないとのことだった。複数の番線で止められているので、腐蝕したら様子をみて1本ずつ交換することもできるし、もっともその頃はカヤの葺き替え時期が来ているわけである。

足場を外していく。この間、僕は入口の階段を造り、佐藤さんは入り口の仕上げをやってくれたのだが、その手腕は鮮やかで造形的にも見事だった。

完成祝いに夜は縄文小屋で火を焚いて宴会になった。当然ながら、秋田のメンバーはよく飲み酒が強い💦 この夜、僕はまた寝袋で小屋に泊まってみた。前回は雨にたたられたが今回はやはり寒くて一晩中火を焚き続けた。

それにしても床を掘り下げた分、縄文小屋の居住性は驚くほど快適で、煙はよく抜け焚き火に関しては快適だった。そして朝の室内が大窓のおかげで明るい‼️

まさに「新・縄文小屋」の完成であった。


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