ユニットバスと職人仕事


長くかかった単行本を脱稿したものの、矢野さんのチェックがなかなか届かない。この間、イラストの細部の調整や、タイトルやカバーデザイン、扉のデザインなんかをやっている。畑に出るのも億劫で、ほとんど放ったらかしにしていたら畝溝にエノコログサがびっしりと立ち上がってしまったので、朝からエンジンカッターで草刈り。

汗びっしょりかいたので風呂場で行水する。シャワーだと風呂場の中が水滴だらけになって掃除が面倒なので、湯船に太陽温水器の水と水道水を半々に入れてさっと浴びてしまうのがいつものやり方だ。

アトリエを作るとき、風呂に関しては妥協と諦めでユニットバスにしたのだが、住み始めて思ったのはむしろそれで正解だったということである。自然石の床にヒノキ風呂なんて作ったらメンテナンスしっかりやらないとカビだらけになってしまう。

風呂に入ってくつろいだあとに、着替えてから這いつくばってまた掃除をしなくてはならないなんて・・・。あんなのはよっぽどダンナ想いで綺麗好きな奥さんでもいる家庭でなきゃ無理。いやそれが可能だとしても、ダンナのほうが後ろめたくなってしまうと思うよ(笑)。

家というのは実際に建ててみないとわからないことがたくさんある。古民家のリフォームやセルフビルドだけをやっていたのでは絶対にわからないということが。優れた職人さんたちは構造的・伝統的な不文律を身につけており、それがそのまま緊張感のある美しいデザインになる。

そこをうまく指揮してアレンジするだけで、住みやすい美しい家がつくれてしまうということなのだ。ここに住み始めてから、建築家の設計したデザイナーズハウスを見ると、嫌ったらしく滑稽に思えるディテールが透けて見えてしまう。

つまり建築家・設計家たちは、職人的な構造的・伝統的な不文律までをも自分でデザインしようとするわけ。木材。塗り壁、スチール、建具・・・それぞれを職人と同じレベルで熟知できている建築家なんているはずがない。だからゲテモノになってしまう。それが優れた意匠だと勘違いしている。

余白と清らかさ、いさぎよさが、日本建築の真髄である。

もちろん住み方も大事である。家具の選定や置き方で空間は台無しにもなる。あと運よく優れた職人さんたちに出会う必要があり、それらの方々と胆力で渡り合う力量もいる。

だから、今の新築住宅はどうしようもなく酷いのばかりなのね(笑)。


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