夜にかなりの雨が降り、向かう場所には警報もでているらしい。最終日、島内でのんびりするのもいいか・・・と諦めかけていたところ、天気予報が良い方向に出た。今回の旅の最大の目的のひとつ、カルロ・スカルパの設計による「ブリオン家の墓地」に向かうことに決めた。
場所はヴェネツィアから北西方向の㎞ほど戻ったところにあり、列車とバスを使って行くのだ。日本人の建築家のブログでいくつかの訪問レポートが紹介されており、それを参考にGoogleマップでルートを調べ、Omioで列車のチケットを取った。
ヴェネツィア・サンタルチア駅からカステルフランコ・ヴェネトというところまで行き、少し歩いてバスに乗り、そこからは徒歩で向かう。このルートがバスの時間まで全てGoogleマップで出てくるのだから凄い(とはいえ不安な要素はたくさんあるが)。
とはいえ観光地ではまったくないイタリアの見知らぬ街を歩くのは、何かと興味深くなかなかに楽しい。あたりをつけたバス停で降り、マップで曲がり角を探すとブリオン家の墓地への標識があった。農家とも一般住宅ともつかない、それでいてけっこう綺麗で大きめな邸宅をちらほらと見ながら、糸杉の並木とブドウ畑の中をオルいて行く。
そうしてコンクリート打ちっぱなしの低い塀に囲まれた墓地が現れた。本当にブリオン墓地に着いてしまったのである。スカルパの集大成にして最高傑作と言われている作品である。
ブリオン墓地をググれば必ず出てくる有名な門。
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ここはイタリアのオーディオ機器ブランド「ブリオンベガ/Brionvega」の創始者であるジュゼッペ・ブリオンを追悼するために創られたものである。ブリオンベガは1945年ミラノで創設され、オリベッティ同様にデザイン志向の強いメーカーで中期にはエットーレ・ソットサスなど気鋭のクリエーターらとのコラボレーションもしていた。
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中に入ってみる。
なんだこれは?
まるで池の上の能舞台だ。
英文の説明図ではMEDITATION PAVILIONとなっている。
スカルパの狂気さえ感じる柱の構造とそのディテール。
コンクリート打ちっ放しだが、型枠には板が使われている。外枠のタイルがキレイ。
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途中、西洋人2名の見学者がきてそそくさと帰っていった。それ以外は僕一人でずっとこの場所に対峙していた。贅沢な時間だった。
スケッチも一枚仕上げた。
雨上がりの晴れ間で、澄んだ池にヒツジグサが咲き、魚(コイとウグイのようだった)が泳いでいた。撮影と見学には最高のコンディションだったのではないだろうか。
スカルパは世界で唯一無二の場所、ヴェネチュアで生まれ育ち、ガラス工房で熟練職人としても腕を鳴らした。だからヴェネツィアの隅々まで知り尽くしているだろう・・・もちろんあの教会この聖堂の建築・絵画・彫刻も見ているだろう・・・その彼がこの近代においてたどり着いた自らの建築デザインの頂点がこれなのだ。
スカルパは日本の文化が大好きな人で、このブリオン墓地の作品にもその影響が現れているのがわかる。僕はこの海外旅の直前に桂離宮を見に行ったのだが、それはスカルパに波長を合わせたかったからだ。
不思議なのはヴェネツィアもスカルパ(の作品)も、僕が自分で予想して思い描いていた全くそのままだったことだ。まるで旅が最初からここにあり、もういちどトレースしているかにような感覚・・・もちろんどこに行っても透明で痺れるような感動に溢れているのだが。
帰り道のブドウ畑に糸杉が並木になっている。その木の根本に座り、朝食のパンで作っておいたサンドイッチを食べ、また同じバスで駅に戻った。バス停からカステルフランコ・ヴェーネト駅までちょっと旧市街を歩かされるのだが、ここは中世の城壁と塔が残っている。ここは画家ジョルジョーネの出身地でもあるらしい。
ここでも街路樹はプラタナスだった(笑)。
再び海を渡ってヴェネツィアに戻る。
サンタルチア駅到着15:20。雨上がりの素晴らしい天気になっていた。