天川村の崩壊地を見に行く


10月のあるツイート(誤字すいません)。

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そのグーグルマップ画像。

伐採取材は午前中で切り上げ、行ってみることに。

まずは途中の十津川村~五条の崩壊地を概観していく。

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奈良側の大崩壊地は崩れ始めが広葉樹のところもけっこう見受けられる。ただし、原生的な森林ではなくモヤシのような2次林である。根が荒廃人工林と同じく貧弱な様子が観察できる。崩壊から丸3年が経過、暗い森が割れ、光を受けて下生えが回復し始めている。

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五条宇井の崩壊地近くのトンネルに「紀伊半島大水害の復旧・復興」の垂れ幕。土砂崩壊でなく水害・・・。

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復旧工事に乗じて行なわれる道路拡張と直線化。これで観光バスも通りやすくなる。

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天河村に入ると紅葉が映えてくる。

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ただし道沿いは暗い人工林がとても多い。何度かここを通っていたが、これまで風雪害の跡をたくさん見てきた。

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着いた、ここだ。思った以上に大きな崩壊地だ。

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樹種はスギだった。

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びっしりとスギばかり・・・。

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工事現場の看板。ここはいちばん大きな「冷水」と呼ばれる地区だ。

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対岸は岩盤を削っている。新たな道をつける準備だろうか。

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続いて「芦ノ瀬」地区。天河大弁財天社に最も近い。当時は土砂ダムができ、社務所は浸水し住民は小学校へ避難。死者も出た。

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すでに工事は進んで、土留めにベルギーワッフル状のコンクリートが張られている。

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重機と人のスケールからこの崩壊がいかに大きなものか分かるだろう。

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天河大弁財天社やさらに上流部にあるコテージなどに向かうひとは、これからいやおうなくこの光景と対峙することになる。

熊野古道神域への入り口といわれる「滝尻王子」前の大崩壊、熊野古道最終地点の那智大社が埋まり那智川で多数の死者(那智四十八滝の一つが消失)、そしてこの天河大弁財天。

2011紀伊半島豪雨、神が何を知らせてくれたのだろうか?


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