「大地の再生」第1回目の京都でのプレライセンス講座終了からまだ5日、さすがに集客が難しいのでは? と思われたが、なんとかメンバーが揃い(仕事の合間を縫って1日参加の参加者もいるもよう)、無事第2回目開催の運びとなった。
矢野さんにとってはここ上野原は源泉であり母体のような場所である。資料や資材倉庫だけでなく、田畑や果樹園といったフィールドもあり、忙しい中なんとかその形を維持し、紡(つむ)いできた。
このライセンス講座は西と東の現場で候補地を挙げるが、ここ上野原は最重要地として講座のベースとなる。またそれだけ様々なテーマが揃った場所でもあるだろう。皆にハッパをかけるような口調でこの地のライセンス講座の重要性を熱く語った。
まずは資材整理の話から。上野原の資材置き場は屋外と屋内と、そしてトラックに組み込まれた「道工具車」の3つがあり、屋外(といっても屋根はある)は主に養生材や直接大地の中に組み込む環境資材類が、屋内には棚の中にありとあらゆる道工具類が、そして道工具車は現場に合わせてその両方が満載されている。
リストが配られ、その置き方にも空気循環の視点が大切であることが説明される。
その後、まずは田んぼへ。手前にマコモが植えられているが、その草取りの仕方が面白い。刈るのではなく踏み倒すのだ。これは刈るのより何倍もラクだ。ただ雑草を踏んづけながら歩いていけばいいのだから。
この田んぼでは雑草を引き抜くことはしない。そうすれば隣のイネの根を傷めてしまう。雑草と共存して成長するのが本来のイネの姿なのだし、雑草にも役割がある。たとえばある種の水生昆虫は田んぼの雑草に産卵する。
とはいえ、この掛け流しの田んぼには雑草はごく少ない。初期除草もほとんどいらないというのだから驚く。結局、自然状態のイネと同じような、湿地の生育環境をつくってやれば雑草ははびこらないという。水を常に流し続けることで、土の重さよりも水比重の高い状態をキープしてやればよい。
水温が低くて生育が悪くなるのでは? という問いには「最初にしっかりした湿地環境を整えてやれば地温が安定するので水温が低くても問題ない」ということだった。そして重要なのはやはり風通しである。
この田んぼに至る農道は上流側の田んぼがら漏れる水でいつもわだちが水たまりになっていることろがある。これでも水脈を入れ、水切りで管理しているため、初期よりかなり良くなったという。周囲にイノシシが来ている。将来は有機アスファルトを敷く計画だそうだ。
それにしても、田んぼの中や周辺の昆虫や両生類、魚類など生き物の豊富さは、目をみはるばかりだ。そして小魚などは、近づいても散るように逃げたりしないのだ。田んぼの畦に流れる土の水路は濁りがない。入りと出が等しく水が満遍なく流れる田んぼでは、水は常に澄んでいる。そこに藻が適度に繁茂し、水中に酸素を溶かし込んでいる。
戻って昼食の後、倉庫とその周囲の片付けについてのレクチャー。
「道具箱の中が、そしてその整理された置き方が、全ての出発点」
「業としてきちんとやれているか? は、道具箱ひとつ見ればわかる」
今、職人業界が荒れている。保険があるからと安心し、現場で自立できない。時間がないから整理できないというが、ではどれほど時間があったら整理できるのか? できる範囲の気づかいでいい、できなくてもずーっと思っていること。目をそむけないでいること。
この中央の台は現場から戻ったとき、臨時に置くためのスペース。ずっとものが置かれていることがおかしい。動線を確保すること、風がよどまないこと。
この消耗社会の中で、ガラクタでも捨てずにまだ使えるものは工夫して使っていくという精神が大事。厳しい指摘が続いた後、一斉に整理作業開始。
ところが、片付けも得てしてやり過ぎてしまうことがある。ある程度片付いていた秩序を徹底的に崩してから再構築しようとする。やりすぎて前の仕事を台無しにした上、時間がかかり過ぎる。常に気を入れていればその加減もわかってくる。
並行して道工具車の整理。しかし、このトラックの荷台改造にはこれまでの経験から培われたものすごい知恵が詰まっている。矢野さんはその内部の構成図と資材リストを作ってあり、今回の資料としても配布された。
資材倉庫ではチェーンブロックの荷重で折れてっしまった丸太梁を修正する作業から。
近所の解体資材置き場から無料でもらえる古材をストックしてある。その中から適当なものを引っ張り出し、番線やボルトで緊結し、補強していく。
前の壊れた材料を撤去するとおおごとになってしまうので、じわじわと被せて修正していく。これは自然界の修復システムに似ている。
入り口付近の整理が終わり、道具の足元に風が流れ始めた。
つぎはぎした新たな部材を載せ、折れた旧丸太をクレーンで釣り上げ番線で合体させる。
事務所の2階から見た工事風景。
それにしても、側から見ると「結」作業の不思議さや面白さが随所に現れた改修工事だった。結は作業しながら自然に多くのことを学ぶことができる。また一人では生み出せない合理的なアイデアが出たり、皆んなの目があるために夢中になってしまう作業者の危険にも気づける。
しかし矢野さんの仕事チェックの目は厳しく、まだ足りないところの様々な指摘が出る。たとえばロープが密集して下がり風が通っていない。カビることで強度が落ち、現場に危険をもたらす。ヘルメットもしかり、かぶる時にゴミを払うようではいけない。そしてガソリン燃料の容器の汚れ。そのアクがエンジンを傷める。ささいな積み重ねが大事、それが工事にもつながる。
道具を的確に扱うこと、真摯に向き合うことは大事である。
「道具を通じて他の業種の知識を学んだ」
と矢野さんは言った。
夕飯作りを手伝う予定が、学術連携の書類の手直し作業に時間をとられてしまった。しかし岩手の新人YさんがMY包丁を持ち込むほどの料理達者で、小気味よく中華鍋を振るってくれ、美味しいおかずができていた。
食後の夜の座学は、今回は各自が現場で関わっている様々な問題を提示して議論しようというもの。
埼玉のOさんの現場はヒノキの荒廃人工林だった。きらめき間伐していても回復が遅く、「大地の再生」視点が必要ではないか・・・という雰囲気になってきているらしい。
矢野さんとの間で人工林の話を交わしたのは初めてだった。これまで私が人工林再生にどのように関わってきたのか矢野さんはまだ知らない。
奇しくも今日は亡き妻の命日だった。彼女がこの話題を連れて来たのかもしれなかった。