龍王を尾根に祀る意味(大地の再生〜百田みたからの集い 岡山/1)


矢野さんの「大地の再生」に関わり始めてから、それまで放置していたFacebookとメッセンジャーがやたら忙しくなってきた(とはいえいまだ使い方がよう解らんのだが/笑)。大地の再生の若いメンバーはSNSの使い手で、とくにFacebookをグーグルマップやHPと連動させながら実に巧みに使いこなしている。

屋久島の記事を大地の再生Facebookがリンクしてくれた。するとすぐさまブログアクセスが過去最高に達し、その後のアクセスもいつもの陪以上という日が続いた。さらに人気記事のトップに躍り出て「いいね」が100を超えた。こんな現象はブログを開設以来初めてのことである。

数日前、岡山のSさんからFacebook経由でメッセージを貰い、岡山市にも大地の再生フィールドがあるのを知った。おそらく高松から最も近いその場所に、今日集いがあるというので参加させてもらった。過去に行われた再生の施工について、施主がどんな感想を持っているのか? その場所は現在どんな姿なのか? 大変興味がわく。

場所は岡山市の北区粟井、標高は100mくらいの南向きの開けた谷で、地図上の地名には「百田」とある。Sさんはここで茅葺の古民家と畑地を再生に取り組んでいるのだが、すぐ裏が沢筋で湿気がひどく、柱などもかなり痛んでいたらしい。

最初に矢野さんたちがここに入られたのは2016.11.29~30、その後2回の講座が2017.5.17-18に行われ、古民家周りと畑地の水脈整備、また山側の竹林の整備などを行った。そして、今年の1月には井戸を掘った。この話はGomyoと私のアトリエに来てくれたKさんから聞いていた。古民家は壁や床がほぼ取り払われ、土間に炉が組まれている。

屋根裏を見る。フレームは古色だが、カヤはそれほど燻された跡がない。

掘った井戸がこれ。新品のガチャポン(手漕ぎポンプ)がつけられている。

素掘りで8m。諦めかけた頃、ようやく湧出したそうだ。これを人力だけで掘ったというのだから凄い。矢板など、土留めはいっさい使っていない。

裏の擁壁には雨水のはけ口の大きな管が、今もU字溝に水を滴らせている。こりゃ湿気るわけだ。矢野さんはこのU字溝もぶち抜いて、コルゲート管を入れた。

もちろん裏側にも。

土壁の蔵。石積み、焼き杉、漆喰と、ボロボロだけどみな価値あるものだ。

同じく土壁の納屋。壁際にトイレを併設。

素掘りの穴に、使用後は葉っぱやオガクズ、炭などをまく自作のエコトイレだ。臭いまったくない。

道の上から家との隙間を見る。足場パイプが屋根の上へ。ガル鋼の波板が丁寧に被せられていて、どうやら煙抜きもつけている。

上から井戸を見たところ。位置はすごくよくて便利そう。

庭も広く、カマド2つとロケットストーブが準備中。地炉も切ってある。Sさんたち、火を焚くのが好きなんだな。

そして庭の前に広がる畑敷地。ここは借りているのだが持ち主は自由にしていいというので、ここにも「通気浸透水脈」(コルゲート管)を入れている。畑も少しずつ始められているようだ。

道を挟んで山側にあるお家は、やはり谷筋にあり、梅雨時期などは家がカビだらけになるというので、Sさんたち有志で溝や点穴を掘り、家の外に雨水を導く再生工事をした。

その溝の跡を見せてもらう。

できるだけ分散するように工夫がみられる。

溝はコルゲート管は入れていないが、竹で土留めもされていて丁寧な仕事ぶり。

点穴は泥を掃除した跡があった。

4/24のSさんのFacebookの投稿に、

今日は雨なので、百田の古民家の、上のお宅の水脈をチェックしました。
水脈メンテしてから、あっと言う間に、 点穴に泥が詰まっている。掘ってみると、グライ土が詰まっていた。
今年のはじめにここを掘らせてもらいましたが、それまで長年放置され谷地形にも関わらず、空気と水の出るところがなかったので、出口ができたらしばらくは膿んだものが出るのは仕方がありません。
これを何度か繰り返すと泥水の流出がおさまって、清水が流れ、水脈の地形も安定して微生物が増える。植物が根を張り崩れなくなるのです。
点穴をメンテナンスすると、山が喜んでくれます♡
道の上の、ご近所の土地に空気を通すことが、道下の自分の土地をよくするとは、誰ももう知らない時代になっています。
風土の再生、みんなで目指しましょう。

とある。古い溝はもう判別がつかないほど埋もれているが、これでもしっかり機能しているのだろう。

古い点穴。

説明を聞きながら、その足で裏山の斜面を登り、尾根に出て龍王様が祀られている祠まで皆で向かった。かなり急な尾根道だった。なぜそんな厄介な場所に祠をまつるのか。それは定期的に行き来することで水源をチェックし、常に掃除をする意味合いがあったのだろう、とSさんは言う。人が通るだけでも風通しがよくなるのだ。

掃除をすることで水脈が息づいて、植物の根もよく発達し、さらに空気と水の循環がよくなる。崩壊のきざしなども分かる。とくに浅井戸などを使っている場合、山の手入れ・掃除はとても大切なことなのである。それが下流にも影響してくるのだ。

山上に祠を置くのは山の神・山岳信仰だけではない。水源を皆で守るという実質がそこに宿されている。水の神様である「龍王」を置くことでそれを暗示している。

(続く)


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