旧アトリエから刈って運んでおいた小麦を脱穀することに。とりあえず糸繰り工場跡の荷物を物置に移動してスペースをつくり、そこにブルーシートを広げて始める。
旧アトリエで使っていたクギ打ちの「千歯こき」を持ってくるのを忘れてしまった。が、この家にはたしか「千歯こき」が眠っていたはず。物置状の2階からそれを出してきて雑巾で拭いて使ってみることにした。
スギと竹で造られている。足は二股の枝を利用し、金具やクギはいっさい使わず、組み手。すばらしい! そしてかわいい!
まずはY字棒で叩いてから、「千歯こき」にかける。
房から実が落ちた後は手箕(み)で風選にかける。片側が平らになったザルのような道具が箕だ。それに実と殻を入れて、中華鍋でチャーハンを作るごとく空中であおる。すると箕の先端が団扇(うちわ)のようになって殻だけが飛んでゆく。また手前側にはややかさばった殻が集まってくるから、それを息を吹きかけて飛ばしてしまう。こうして小麦の実だけを選り分けるのが、最も原始的な選別法なのである。これは豆類にも応用でき、自然農で小規模に実を穫るには最もよい方法だと思う。
さて、物置にあった「箕(み)」が気になっていた。飴色に使い込まれていたからである。これが実に使いやすい。軽い上に、プラスティックの箕は左右にこぼれやすいが、これはまったく実がこぼれず風選することができる。昔の道具おそるべし!!!
この箕は竹だけでなく、雑木や竹皮などが組み込まれ、使われている。相当の年月を使ったとみえ、納屋には同じ型の穴だらけの箕が一つ残されている。
この家に住んでいたおじいさんは「とてもマメな人だった」という近所の人の話である。私たちは、ここに引っ越すにあたって、古い道具類はすべて残してもらうことにしたのである。農具もかなりあるが、みな使い込まれたもので、おじいさんがさぞかし「農」に熱心な方であったことが偲ばれるのである。ありがたく道具を使わせてもらおうと思う。
この箕はまだ桐生のどこかで作られているのだろうか?
箕は囲炉裏の釣りカギと同様、神聖な道具であったという。なにしろ命の糧を選別するのだから・・・。
わずかな脱穀に丸一日かかってヘトヘトになってしまった。腰が痛い作業なのであるが、脱穀と風選をやっていると、時間が「古代」に戻ったようで、周囲の雑音や、忙しいスケジュールがどうでもよくなってくる。
「忘我」
「無心」
そして穏やかな、優しい気持ちになってくる。私は脱穀後の豆の殻をカマドで燃やす作業がとても好きだ。それで湯を沸かすとき、なんだか知らないが幸福な気分になる。
だから、どんなに忙しくても麦や豆を植えたいと思うのだ。
後は天日干しという作業が続く。
ああ、来年からはコメづくりをやるぞ~!
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