1979年19歳の夏、私は初めて北海道を訪れた。当時はN大工学部「釣り同好会」の一員であり、先輩の車に同乗しての3人旅であった。知床でアメマスやオショロコマを釣った。N大工学部は福島の郡山にあるので、それまでも朝日連峰や銀山湖周辺でいい釣りはしていた。しかし、北海道はなにか次元の違う、実に感動的な旅であった。
自然も良かったが、本州の旅人を実に親切にしてくれる現地のアウトドアマンのおじさんにも感動させられた。私の絵画的処女作と言えるクラフト紙シリーズのVo.1が、そのときの北海道知床忠類川のイメージであることでも、その感動のほどが伺い知れよう。
2回目は翌80年の夏。水戸の釣り仲間の友人たちと4人で出かけた。当時『北海道の湖と渓流』という名著的ガイドブックが出版されており、この本のおかげでこの年はことごとく釣り人とかち合ってしまうのだった。
いくら北海道は魚影が濃いとはいえ、渓流に先行者がいてはいい釣りはできない。旅も後半にさしかかったとき、現地のおじさんが「絶対にいい釣りができる川があるからそこへ行きなさい」と道南の日本海側に流れる川を教えてくれた。
すでに道東まで来てしまっていた私たちだが、思い切ってそこまで車を走らせた。そしてすばらしい釣りをすることができた。ここでは50cmを越える悠々と泳ぐアメマスを目撃した。
さて、U宅を離れる朝、Uが近所にイトウが見られるところがあるからと、「豊平川サケ科学館」のプールを案内してくれた。悠然と泳ぐ70cm超のイトウ。日本最大の淡水魚であり1.5mまで成長する。
オンコの木(イチイ)の赤い実を眺めながら、札幌を後にする。
「今度はオレが桐生へ遊びにいくよ」とU。
「次は冬の北海道を見たいな」と私。
再び小樽方面に向かい、今日の最終目的地は函館だが、途中、寄ってみたい温泉があった。忍路(おしょろ)という所に環状列石(ストーンサークル)の遺構があったので寄り道。
岩内を通過。日本海に切り立つ雷電海岸を走る。
岬には通称「刀掛け岩」という奇勝がある。すごい所だ。ところが、その温泉はこの崖を登った奥にあるのだ。
途中から道は未舗装となり、真っ青な海を眺めつつ、紅葉の中をくねくねと登っていくと「朝日温泉」があった。まったく、秘湯と呼ぶに相応しいが、日曜日とて、何組かのお客さんがいる。
内風呂もあるが、私は渓流にある露天に行ってみた。先客のおじさんが居り、なんと出身が群馬の館林とのこと。しかもフライフィッシャーでもいらっしゃる。というわけで、湯船で話し込み、ついでに写真まで撮っていただいた。
湯の花の舞う硫黄泉で体はぽっかぽか。ホエホエ気分で弁慶岬まで行ってみる。堂々たる弁慶像が立っている。
説明は裏のプレート写真をどうぞ。
函館には夜着いた。途中、キタキツネをみたりテンが道を横切ったり、馬をみたり牛をみたりしながら、とにかく本州とは違う景色(とくに森林)にわくわくしながら南下したのである。
今日は駅近くのビジネスホテル泊まり。宿のテレビをうだうだと観た後、街に飲みに繰り出すが、ツマラナイ観光客相手の店に引っかかってしまい、ビール1杯で脱出。で、ラーメン1杯食べてホテルに戻る
山暮らしが長かったせいか修行が足りんなぁ。塩バターラーメンはそれなりに美味しかった。