私たちのいる場所


「まず、ここへ越して来た経緯は、どのような理由で・・・」

とその記者は言った。

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「最大の理由は前の山暮らしでネット環境が改善されなかったことですね。鬼石が藤岡市と合併されて、これでやっとADSLか光ファイバーが来るか、と思ったらダメだった。私たち集落周囲のPC(パソコン)の使用者が極端に少ないので、局が造れないというのです。まあ、過疎でお年寄りばかりなんだから、皆PCなんてやっていないですよ、Iターンの人しか(笑)。ところが私たちの上流側にある神流町と上野村は、すでに全町・村に光が来てネット環境はすばらしのです。藤岡市の市議会議員やNTTに何度も掛け合ってみたのだけれど、まったく見込みがない。なんたってISDNですからね、陸の孤島ですよ(笑)」

「お仕事ではネットを頻繁に?」

「いま中央の出版業界はデータのやりとりはほぼ100パーセントオンライン。私のイラストはいまでもドップリと手描きだけど、原画を直接納品するということはもう何年も前からしていません。スキャニングしてPCに取り込み、画像ソフトで手を加えて、データー化したものを出版社などに送る、というパターンです。そのほうがお互いに仕事が速いし、仕上がりも確実なんです。前はCDに焼いて宅急便で送る、という方法も採っていたけど、いまはWEB経由で大量データーをやりとりすることができるので、カラー原稿も。装丁やDTPなどデザインの仕事も打ち合わせはほとんどPDF化したデータで行なわれます。もうこの業界はネット環境が速くなければ食っていけない(笑)」

「他にも? 桐生の梅田に来た目的」

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「私たちは約5年間ハードな山暮らしをやってきたわけだけれども、まああそこでネット環境が改善されたらずっと居着いていたかもしれない魅力的な場所ではあったのです。しかし、この時代、私たちだけで充足していてもつまらないと感じた。私も川本も、古くはNPOで森林の活動をやってきたのです。最初は日本の森と林業の問題にぶつかった。間伐や作業道の本を書くことで、社会に大きな影響を与えることができた。次に山の中で木を使って暮らすというのを実践したのですね。それは昨年出版した『山で暮らす 愉しみと基本の技術』でひとつのくぎりができた」

「梅田もけっこう山ですが・・・」

「いや、前居た場所はこんなもんじゃないよ(本の写真を見せる)。石垣の断崖に建っているような家だし、車が家に横付けできない。荷物は全部背負って上げるんですからね。買い物なんか町に出るにもスーパー林道を使っていくわけ(笑)。シカ、キツネ、イノシシなんてしょっちゅう横切る山岳ドライブ。でもね、この梅田の里山でこれまでの山暮らしをスライドしてやってみたいわけ。さらに、桐生の街でもね。桐生は商店街がさびれているけれど、山と水に恵まれているでしょう。燃し木はすぐに手に入るし、井戸だってある」

「それでカフェ、というわけですね。カフェのオープンはいつ?」

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「まあ、皆さんにそれをつっつかれているんだけど(笑)、なにせ時間と金がないもんで。ヒマをみて自分たちで大工仕事をやっているんですよ。古い家を改装してお店を出す人には市から助成でも出してあげればいいのにねぇ。近所に腕の立つ大工さんがいるので、いろいろ頼めるし、大工さんたちだって助かるし、やりがいがあると思うよ。そのときはぜひ『桐生の山の自然乾燥材』という改装素材の条件をつけるといいですね。ま、一応年内オープンを目指しています。でも、しゃかりきに商売やる気はないですよ。あくまで街人との交流拠点としての”ゆるカフェ”です」

・・・・カフェにする糸繰り工場の床にはいま刈り取って乾燥された麦束が積んである。

「これはこれからどうされるんですか?」

「脱穀です。Y字棒と千歯こきでやってるもんで大変なんです。今年は豊作だったからね。そして粉に挽いて自分たちの自家用の食料ですが、パンやチャパティなどをお客さんに食べてもらいたいね。あと豆なんかもね。麦とジャガイモの収穫はほぼ同じ時期ですが、その裏作に豆をつくるとちょうどいいんです。シロインゲンと大豆と小豆は毎年欠かさず作っています」

「畑もやってらっしゃるんですね」

「ここから2軒裏の田んぼ2枚分の畑を借りています。そう、私たちはカフェの開店にこぎつけたら田んぼもやるつもりです。不耕起の”ふゆみず田んぼ”をぜひやってみたいのです。畑は無肥料無農薬で、田んぼはふゆみずで、それをカフェの食で表現して、桐生の街なかにも再現していくというイメージ。ガラスとコンクリートの再開発はもう止めて、自然素材の町家の再生が桐生をいい方向に変えていくと思う。京都の町家なんか素敵ですよ。家の中の中庭と井戸、それが自然の冷房装置、台所のカマドが薪ストーブがわり。そうそう、私たちは冷暖房に電気や石油やガスをまったく使っていないのですよ。ここでは囲炉裏と薪風呂と炭コタツ(コタツの行火を見せる)、それに工場のカフェには薪ストーブを設置します」

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その後、記者は囲炉裏の炎を撮影し、庭に出て井戸の冷たさを確かめ、

「いやーなんだか楽しかったです!」

と帰っていった(笑)。


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