緩速ろ過・上田市染谷浄水場


上田には大正時代に造られた緩速ろ過の浄水場がある。現在も稼働中で、上田の中心部の水道の多くはこの染谷浄水場でまかなわれている。朝、上田市の上下水道局を尋ねると、浄水場の所長に連絡をとってくださり、午前中見せていただけることになった。

場所は上田に来たときたびたび訪れていた市立図書館の近く、ちょっとした高台の一画だった。あんがい町から近いのにびっくり。市内に自然流下で配水するに格好の敷地だ。大正年間(1923年)に造られた浄水場で、元信州大教授の中本先生らが1980年代から緩速ろ過池での生物群集の働きを調べてきたのもここ。

源水は昔は千曲川の伏流水を利用していたが、いまは千曲川とその支流の神川の表流水を取水しているので、雨の多いときは濁る。濁りが大きいと砂ろ過が詰まりやすいので、濁度が12度以上になった場合のみ濁り凝集剤(ポリ塩化アルミニウム/PAC=パック)を使った急速ろ過を併用している。凝集剤を使えば濁度は2度以下、使わないときでも5度くらいで沈殿池に入る。

中央監視室から見た凝集池と沈殿池。凝集池は板の間を上下しながら流れることで薬品が濁りと混ざるようにする。沈殿池は固まった濁りを傾斜版という装置でまとめて沈殿させる池。強い濁りの源水が入ったとき、この二つで濁りを減らすことができる。今日は凝集剤は入っていない。

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沈殿池から出てきた水。いよいよ緩速ろ過池へ。

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緩速ろ過の沈殿池は780m2の池が13個ある。一日の流量は入りが3万5千トン、出が3万トン。約86,400人分(上田市全体の約半分以上)の水道をまかなっている。

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大正年間に造られた3基の池は現在も稼働中。後の10基は人口増に合わせて増やしたもの。案内中の成澤所長。

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砂の層は高さ90cm平均。水深はやはり90cmほど。浅いほうが光が届いて生物が元気になる。表面5cmくらいの浅い部分で生物層が活躍し、水の汚れや菌を除去している。長く使うと目詰まりするので、夏は40日に一回、冬は30日に1回(合計で年に10回ほど)、水を抜いて砂の表面1cmほどを掻き取る。

これは場内の水道資料館にある緩速ろ過の断面模型。砂とレキだけの実に簡単な仕組みなのだが、実は砂の上部表面5cmくらいに生物層が住み着いており、そこが浄化の核心部になっている。

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これがその砂。左奥の白いものが新しい砂。その手前が「ビリ」と呼ばれる粗砂(砂とレキの中間に置き、砂が落ちるのを止める役割)。右が掻き取った古い砂。砂は水道協で定めた粒の大きさのもので、花崗岩を砕いて雲母分を取り去ったもの(色は白い)。県内の南木曽で作っているそうだ。年間1,000~1.500m3ほど補砂代がかかるが、砂は運賃込みで1,200~3,000円/m3程度。また、掻き取った砂は洗浄して泥をとり再利用もしているそうだ。

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古い砂を手にとってみる。半分は泥。洗浄して再利用できる。

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藻が浮かんでいる。キタナいようだがこのメロシラと呼ばれる藻が浄化に重要な役割をしている。砂底に張り付いて、光合成で酸素を供給しているのだ。それを砂内の微生物たちが使う。メロシラは増えすぎると酸素の気泡の浮力で水面に浮かんでくる。

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増え過ぎた藻はオーバーフロー(流越管)から河川へ流される。もしくは、作業員によって掃除される。

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これらの作業はみな外部に業務委託している。

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オーバーフロー(流越管)の穴。

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緩速ろ過池できれいになった水は、塩素殺菌を経て配水池に入る。

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コンクリート制の円筒形で地中に埋まっている。屋根はプレキャストコンクリート。

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もう一つの配水池。避雷針がついている。浄水場の配水池は橋梁とともに最も美しい土木構造物のひとつ。

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現在も使われている大正時代の配水池。洋風の意匠が施されている。

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場内に併設されている水道資料館。水道関係の部品、模型や写真などが展示。

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初期の配水池の工事の様子。昔のものはアーチの柱で天井を支えている。

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染谷浄水場を上から見たところ。

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「緩速ろ過」は単なる砂ろ過ではなく「生物浄化法」である。薬を使う「急速ろ過法」のほうが近代的という感覚を我々は持ってしまいがちだが、急速ろ過法では浄化できない細菌(畜産由来のクリプト原虫などが塩素殺菌が効かない)もあって、いまそれをさらに中空糸膜(膜処理)を使って除去しようとする動きがある。これは膨大な設備費がかかる。緩速ろ過だと細菌なども完璧に除去できる。

かつてヨーロッパでコレラが流行ったとき、緩速ろ過の浄水場の地域ではコレラがとても少なかったという有名な話がある。ロンドンの上水道ははいまも100%緩速ろ過を使っている。

大正時代の緩速ろ過池がいまだ現役で稼働しているのを見るまでもなく、砂だけで後は生物がタダで浄化してくれるこの方法は、安全でコストがかからない。しかも山水や井戸水に近い、かなり上質な水が得られる(本当は最後の塩素殺菌もいらないほどなのだ)。

この浄水場では河川中流部から取水しているので、濁りが多いときのみ前段階で「急速ろ過法」の装置を取り入れている。ふつうの「急速ろ過法」では前段階でも塩素を入れ、凝集剤で固めた濁りを物理的に除去し、さらに塩素殺菌する、というものだ。3回も薬品にさらされる。

「緩速ろ過」は池の面積が広くなるので敷地のない都市部には向かない、と考えられているが、そうでもないのだ。なぜなら「急速ろ過」の場合、凝集剤を使って濁りを固めるので汚泥がかなり出る。これを乾燥させる敷地や機械がいる。

今回、この浄水場を見て、上田市の上水道の半分をまかなうのにこの程度で済むのか・・・。という感じを持った。

生物浄化という概念がとても大事だ。私たち人間の身体には70兆の細胞があるが、内部や皮膚には総勢100兆もの微生物が共存共栄している。自然の水を飲むということが、とても大切なのだ。また、この緩速ろ過を取り入れることによって、流入河川や農地での管理手法に自然に目が向くようになっていくのではないだろうか。

参考/「緩速ろ過」の研究者、中本信忠氏のブログ。

http://blogs.yahoo.co.jp/cwscnkmt

緩速ろ過はクリプト原虫対策で信頼されている

http://blogs.yahoo.co.jp/cwscnkmt/16680085.html


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