佐田岬へ。岬の先端まで道のりは40 kmほどあり、背骨に主要道路が走っている。朝方、多くの車が動いていることに意外な気がしたが、これらは伊方原発の関係車両で、そこを過ぎると先端の三崎港から九州へフェリーで渡ろうとするトラックだけになる。岬の先端までは相当に長いので、普通の観光客はここまでは来ない。

囲炉裏暖炉のある家 tortoise+lotus studio
イラストレーター・著作家、大内正伸のブログ
佐田岬へ。岬の先端まで道のりは40 kmほどあり、背骨に主要道路が走っている。朝方、多くの車が動いていることに意外な気がしたが、これらは伊方原発の関係車両で、そこを過ぎると先端の三崎港から九州へフェリーで渡ろうとするトラックだけになる。岬の先端までは相当に長いので、普通の観光客はここまでは来ない。

讃岐富士近くの製麺所「中村」。昔はお客が自分で畑に行ってネギを切って薬味にしたという幻の店だが、すっかり有名になり朝からご覧のとおりの行列。まあ、ふつうに旨いんだが「有名だから行ってみる」的な観光客のせいで、地元の人が食べれなくなってしまったのではなかろうか。
これらのB級グルマンには新興勢力として「団塊の世代」がその数を増やしている。ふつう60代の人は、このような安い店の行列には恥ずかしくて並ばないものだが、彼ら彼女らのバイタリティと好奇心は止まない。

『未完の建築家 フランンク・ロイド・ライト』を読んだ。ペンギン社のコンパクトな伝記として2004年に刊行されたものの翻訳だそうだ。真実を奥深く分析した最新のライト評伝といってよいだろう。

群馬県が日本に誇るものは温泉、尾瀬、赤城や榛名、いろいろあるけれど、日本三大「古墳群」というのをご存知だろうか? 一番はやっぱり大阪~大和地方、次いで岡山、そして群馬なのである。
とくに榛名山東南麓には5~6世紀に東日本で有数の精力を誇った王の本拠地があった。ここには三つの大きな前方後円墳があり、王が政治や祭祀を行った館がある。榛名の噴火で埋もれていたために、地表の感じが良好に残っていて、当時の田作りの状況まで詳細な情報が発掘されたのである(新幹線の工事中に発見された)。
その田んぼは畳2畳という極めて小さい畝に区切られた碁盤の目のようなものだった。これは火山灰土という悪条件に対応した水管理の技術とみられている。水田は、水を張るために面が水平でなければならない。機械のなかった昔は、小区画のほうが維持管理がしやすかったのであろうし、水温を上げるためにも有利だったのだろう。
当時の形に再現された八幡塚古墳・埴輪が再現され公園になっていた。
