筑波山


週末は天気が崩れそうなので、イラストマップの仕事の筑波周辺に取材に出かけた。が、出遅れた。渋滞もあって筑波山に近づいたのは2時を過ぎてしまった。周囲の散策も重要なので古道の集落「神郡」を訪ね、コペンでぐいぐいと「つくば道」を直登する。

筑波山は標高が千メートルにみたない低山だが、関東平野に独立峰のごとく立ち上がっているのでどこからも目立つ。もちろん日本100名山にも数えられる誉れ高き名山である。麓にはタブ、クス、シイなどの照葉樹から、山頂付近にはミズナラ、ブナ等の落葉広葉樹まで幅広い植生のバリエーションがある。ブナは茨城県最南の自生地だ。

ケーブルカー駅についたのは2時半。でも天気がいいのでケーブルカーで往復し、「男体山」「女体山」の両頂上を登っておこうと思った。筑波山山頂、僕にとって中学校のとき昆虫採集で訪れて以来、実に30年ぶりの登頂である。

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ホットワイン


旅から戻ると囲炉裏。この振幅の強い「振り子」のような生活が好き。じっさい僕は、旅によって考えを深化させるタイプのようなのだ。相方も旅が大好きだ。さて昨日おでんを仕込んだ。もちろん前につくったコンニャクを入れた。鏡開きした餅をオアゲに入れた巾着も。これがまた美味しい。ベースは昆布と鰹節の出汁だが、先にじっくり煮込んでおいた牛スジ、それにタコ焼きで残ってしまったタコも入って、出汁はいっそう豊かな味になった。それに山の水と薪火だものな。

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カーンの言葉、足利、館林


前夜、けっこう飲んだのだけど、ホテルのベッドで4時に目が覚めて『ルイス・カーンとはだれか』を読み続け、相方が目を覚ました頃にはついに読了してしまう。

「構造は光を与え、光が空間をつくる」

「街路はひとつのルーム(部屋・空間)である。合意された共同体のルームである。街路の性格は、交差点ごとに変わっていき、それはいくつものルームのつながりとみなしていいでしょう」(カーン1971年の講演から)

「都市とは、その通りを歩いているひとりの少年が、彼がいつの日かなりたいと思うものを感じ取れる場所でなくてはならない」(1973年)。

カーンの珠玉の言葉が、明け方の僕の脳幹に心地よく突き刺さる。

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大谷、再び足利へ


天気が良く暖かい。また栃木方面にお出かけ。前々から興味を持っていた大谷石の採掘跡を見にいく。大谷石は栃木県の宇都宮の近くにある大谷という町にある岩脈で、その石は軽く加工しやすく色も爽やかなクリーム色で、素材感がとても優しい。火災にも強い。水戸で生まれ育った僕は、この石には馴染みが深い。蔵の建築に使われていたり、大谷石の町の塀はそこかしこでみられたものである。

「大谷資料館」ではその石や採掘道具などををみられるだけでなく、採掘跡の地下壕に入れるのだった。すでに資料館に近づくにつて大谷石の岸壁がそこかしこにそそり立ち、露天掘りで採掘した跡もみられる。地下道からその採掘跡に入る。寒い。中の空間は驚くほど広い。だけど、かつて日原鍾乳洞で受けたような感銘はなかった。ここでアートの展示やイベントが行なわれているそうだが、僕は見たいとは思わない。ただし、大谷石が魅力的な建築素材であることには変わりない。

大正時代、フランク・ロイド・ライトが「帝国ホテル」の建築設計にこの大谷石を採用したことは有名だ。装飾過剰なライトの作風に、この大谷石の気品のあるナチュラルさは、多いに貢献したことだろう。ライトはこの大谷石に惚れ込み、設計・施行の過程でわくわくしながら完成を見守ったことだろう。

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コンニャク作り再挑戦


前に失敗したコンニャク製作に再挑戦。前回は灰汁の濃度が薄かったのだ(水も入れすぎた)。前回は鍋にとった灰に水を加え、数日後の上澄みを灰汁とした。今回はもっとたっぷりと灰を使い(囲炉裏の中央から採った)、竹ざるの上に和紙を敷き、その上に灰を載せた上から熱湯をかけてボールで受けた汁を冷まして使った。色は透明っぽい茶色。舐めてみると「ゲーッ!」という苦渋さ。前とぜんぜんちがう、イイゾ♪

イモの皮をむいて5cm角くらいに切って竹串が通るほどに茹で、それをすりばちに入れてすりこぎで搗き、擂った(前回はおろし金ですりおろした)。それを鍋にとり、灰汁を少しづつ加えながらゴム手袋をした手で激しくかき混ぜる。今回もユルかったが、しばらく置くと固まった!

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