田んぼの手伝いへ


田んぼ関係のイラスト仕事をいま引き受けているのだが、毎回ラフを上げるだけでかなり苦労している。実際に現場で働いてみないことには、どうにもリアリティが湧いてこないのだ。というわけで今年から実家にある田んぼの手伝いに行くことになった。

私の実家は水戸なのだが、父方の本家は日立市にあり、かなり古くからの農家で叔父が家を継いでいるのである。自然が好きだった私は幼少の頃からしょっちゅうそこへ泊まりに行き、祖母にはそれはよく世話になり、叔父には海水浴に連れていってもらったり、港に釣りに連れて行ってもらったりしたものである。そうして私は、祖母や叔父叔母たちの農作業をみていた。

父も祖母もすでに亡くなっているのだが、実は肝心のその叔父が今年に入って病に倒れてしまったのだ。歩けるまでに回復はしたものの、以前のように田畑での力仕事はできない。というわけで、田んぼを学びたい私たちにとっては渡りに船。先々月から叔父を見舞うかたがた、なかば強引に(笑)田んぼの手伝い約束を取り付けたのだった。

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田んぼのための読書


ネット「田舎の本屋さん」が新著の特集ページを作ってくれている。また、山崎農研からも自著紹介の依頼があり、こちらは機関誌『耕』に掲載される予定。

いま、田んぼの仕事に頭を切り替えているので、資料がてらの読書を続けている。いやー面白いですね、田んぼ。自然を探求して森林までたどり着いて、山暮らしに到達して、スゴロクの「上がり」かな? なんて思っていたがとんでもなかった。田んぼとその周辺には深淵なテーマがごっそりと眠っている。それがまた、森林にフィードバックしてくる。

勉強するとなれば古典的名著を読んでおかねば。富山和子さんを読みながら、山村と川・農・森林を見つめなおしてみる。山村に住んで労働をともにすることで、その言葉ひとつぶひとつぶがよくわかるようになってきた。

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ニラの味


移植して2年目のニラ。新芽がどんどん伸びる。少し摘んでみそ汁に入れる。

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柔らかい。だけでなくほのかに甘い。清らかでコクがある。去年まではそれほど美味しいと思えなかったが、明らかに味が変わったのだ。ここはシラカシの落ち葉とドングリが大量に落ち、自然堆肥化する所。そして台所に近いせいもあって、木灰をたまにまいている。以前にもハツカダイコンの味で気づきをもらった所。

いま菜の花とカンゾウ、ノビル、クレソン、セリ、ミツバは敷地にいくらでもあり、清浄な土ゆえ気兼ねなくいくらでも摘んで食べられる。さっと茹でて酢醤油や辛子や胡麻で和えて様々な食べ方ができる。囲炉裏ではいつも湯が沸いているので、料理も苦にならない。これにタクアンの1本も樽から出し、ご飯とみそ汁があればもう何もいらない。

店屋物に似た家庭料理もいいけれど、NHK『今日の料理』や丸元レシピに頼らない、こんな暮らしも悪くない。なにせお金がかからないし、スーパーで販売されている野菜に比べて、ぎゅっと詰まったパワフルさを舌と身体が感じる。

怖いのは温暖化ではなく、土・水・そこに棲む動植物の分解能力を超えた化学汚染ではないだろうか。問題はその土地の野草を清浄に食べられるか否か?


かみつけの里


群馬県が日本に誇るものは温泉、尾瀬、赤城や榛名、いろいろあるけれど、日本三大「古墳群」というのをご存知だろうか? 一番はやっぱり大阪~大和地方、次いで岡山、そして群馬なのである。

とくに榛名山東南麓には5~6世紀に東日本で有数の精力を誇った王の本拠地があった。ここには三つの大きな前方後円墳があり、王が政治や祭祀を行った館がある。榛名の噴火で埋もれていたために、地表の感じが良好に残っていて、当時の田作りの状況まで詳細な情報が発掘されたのである(新幹線の工事中に発見された)。

その田んぼは畳2畳という極めて小さい畝に区切られた碁盤の目のようなものだった。これは火山灰土という悪条件に対応した水管理の技術とみられている。水田は、水を張るために面が水平でなければならない。機械のなかった昔は、小区画のほうが維持管理がしやすかったのであろうし、水温を上げるためにも有利だったのだろう。

当時の形に再現された八幡塚古墳・埴輪が再現され公園になっていた。

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ワサビを摘んで


旅から戻るとすっかり春。スーパー林道の雪もすっかり(完璧に!)融けている。沢には取り頃のワサビがたくさん出ている。昨年の台風で沢はかなり荒れたが、アトリエの水路に移植してあるものがたっぷりつぼみをつけている。それを摘んで総菜をつくる。

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