4番、大日寺


3番から4番へ向かう途中、ワインディングロードで見覚えのある軽自動車が目の前を飛ばしている。岡山オバチャンの車だった。追いかけるように、4番札所「大日寺」の駐車場へ。

平地だが、周囲を山に囲まれたひなびた場所、といったらいいか。4番大日寺は素朴ながらよく手入れされ、掃き清められている印象を受ける。

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山門は仁王様がいないタイプで、

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鐘が下がっている。

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中央に桜の木がある。開花の春に来てみたい。本堂。

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大師堂。この二つが90度の角度で回廊でつながっており、そこに・・・

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小柄な観音像が33体納められている。江戸時代に大坂の信者さんたちがこの寺に奉納したものと。

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お顔を見るに同じ仏師の作のようだ。

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大師堂を通って最奥には真っ赤な「賓度羅(びんずる)尊者」の像。除病の「撫で仏」として各地に置かれている。頭はすでに塗料が禿げてピカピカw。末席の仏像にも左右に生花(シュンランとコウヤマキの一差し)が効いている。

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帰り際、杖さしに相当使い込まれた金剛杖を見る。何度も回られている遍路のものだ。しばらく持ち主が現れるのを観察していたが、しびれを切らして出

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ところでこちらのご住職は文学博士で、四国霊場の本なども書かれている。それによると昔は札所内に設けられた「通夜堂」という遍路のための無料の素泊まり宿があり、囲炉裏もあって簡単な食事が作れるようになっていたという。

「善根宿」が一般の人が自宅にお遍路を招いて接待するのに対し「通夜堂」は泊まる所のない遍路を救済する意味合いが強い。つまり善根宿になかなか泊まれなかったハンセン病患者のお遍路さんなどが泊まるケースが多かったという。

そのような通夜堂はほとんど姿を消し、現在は旅館並みの料金をとる宿坊が一般化した。お遍路さんをお大師様と同じように大切にする気持ちが消えて行くのを危惧する・・・と筆者は書いている(真鍋俊照『四国遍路~救いと癒しの旅』)。

境内が砂利敷きでも石畳でもなく、三和土になっているのがいいな、と思った。マサ土と赤土と石灰を混ぜているような感じ。

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