本山寺はJR本山駅の南東約1km、寺家と呼ばれる古い門前町のはずれにある。車で寺の駐車場へ直行すると、むかしの門前町の風情に気がつかないことが多いので、ウォッチャーとしては行き帰りの巡航中に鼻を利かせる必要がある。
讃岐平野は四国でいちばん広い農地を持つ。その霊場は広くゆったりしている。
山門は和様・唐様・天竺様の三様式が混在する珍しい八脚門で国指定の重要文化財。
やや奥にかまえる仁王像。
桧皮葺き屋根の鎮守堂。中に安置されていた「善女龍王像」は空海が京都神泉苑で雨請いをしたとき姿を顕した霊神。彫像の作例は珍しい。
本堂。鎌倉時代の建築で国宝。ご本尊は88箇所中唯一の「馬頭観音像」。1200年記念行事の一環として6/9~22本尊の前立佛が公開される。今回はそれを観るのが目的のひとつ。
まずは本堂で読経して、びんずる様にご挨拶。奥に見えるのは馬頭観音にちなんで馬の像だ。
大師堂。
なんといっても本山寺のシンボルは、この五重塔。プロポーションがのっぽなのである。大地震のとき大いに心配されるのではないだろうか。明治43年、5万余人の参詣者を集めて落慶式が行われ、餅5000個がまかれたという。なんでも盲目の住職さんが讃岐を巡礼中、国分寺で目が見えるようになり、その恩に報いるためこの塔の復興に意欲を燃やしたとか。
他にも、天正の兵火では長宗我部軍が住職を刃にかけたところ脇仏の阿弥陀如来の右手から血が流れ、これに驚いた軍勢が退去したため本堂は兵火を免れた・・・とか、スペクタクルな伝承がいっぱいの寺なのであった。
さて、300円を払って堂内の前立佛を拝観する。800年前の堂内の柱は黒光りしていた。中央に祭壇、そこに馬頭観音像がおわした。三面六臂、正面のお顔の上に馬の頭が載っている。まるで密教の仏像のような体だ。小柄だが、極めて精巧な仏像であった。
これとまったく同じものが、奥の厨子に入っている、それは脇侍に薬師如来と阿弥陀如来を控えた絶対秘仏で、これまで公開されたことがない。この前立佛でさえ、前に開かれたのは明治時代だという。だから金箔が美しく、古びた感じがほとんどない。恐ろしく念がこもった仏像で、対峙していると頭がくらくらふわふわしてくる(とはいっても、温かな清らかなパワーである)。
数ある秘仏を写している三好和義の『巡る楽園』にもこの馬頭観音像は収録されていない。
納経所へ。本尊のお姿は緻密な線描。
モクレンが咲いていた。開花は高知よりもずっと遅いんだな。
次の前立佛公開は11/10~23で、これが最後です(私たちの生涯においてはw)。