滋賀のイタル君のところからザクロの苗木をもらった。途中水やりをしながら帰還、翌日に植えたのだけど、植える場所はことごとく硬くてツルハシで殴打すると小石がざくざく出てくる。
それをフルイで振るって小石は別の場所に取り出し、畑の堆肥場から土を一輪車で持ってきては入れ替えて、炭を放り込みながら植えこむのである。結局レモンの隣にしたのだが、その反対側のブルブレア(ミツバハマゴウ)が枝を伸ばしすぎているので剪定し、下草もきれいに刈って、全体に藁でマルチをした。
なんてやっているうちに午前中は終わってしまった。しかし、これでイチジク、レモン、ダンチサクランボ、クリ、カキ、ポポー、柑橘4種、オリーブ、などなど果樹がけっこう増えてきた。あとは梅をなんとしても植えなければ。
腹が減った!
ついにメザシ登場! 関東ならイワシの干物は銚子が本場だが、ここ関西では高知であろう。なかなかの味だったぜ!
夜はヒジキの焼いたの、豆と野菜のスープ、梅干しとちりめんじゃこの焼き飯。10/9のMさんのリーディングにより再び厳格なヴィーガン食に戻った僕だが、魚介のうち魚はイワシだけは許されているのだった。
だからアンチョビもOK? だけどオリーブ油はNG。水戸時代の子供の頃、メザシをよく食べさせられたな〜。僕は中学まですごく背が低かったもんで母親がやっきになってカルシウム系を食わせようとしたのだ。
でもワタのほろ苦さも含めてメザシは嫌いじゃなかったね♬ 思えば当時はサケ、サンマ、イワシ、魚はそんなのばっかり食べていた。お〜「オメガ3」ばっかじゃないか。
ところが学校に行けば毎日の給食は「白パン」に「マーガリン」に「牛乳」・・・。(嗚呼、トランス脂肪酸にカゼイン!)。
僕の成長過程はこのようなアンビバレンツな栄養素が激突していた。これが昭和という時代だったのだ。