三重県津市美杉町にある「なな色の空自然農園」2日目。農場主の村上さんは持続可能な自然農を徹底して実践してこられた方だ。若い頃のNGO経由の海外経験も豊富で、現在は全国愛農会の会長を、2019年からは「家族農林漁業プラットフォーム・ジャパン」の代表を務めている。
つまり農に関しては一家言ありまくりなのであり、大地の再生の施工に関して疑問点や懐疑的な部分には容赦無く突っ込んでくる。
ただし農園内の木々に元気がないこと、近隣の谷地にはかつて湿地帯と池があったが開拓のときにそれが消滅し、それが周囲の敷地全体に何らかの影響を及ぼしていることは、前々から感じられているようだった。
前回、矢野さんの下見の段階で村上さんとスタッフが作業を見届けた点穴。境界にシカ柵が作られているので、農地と外部との水脈の処理はなかなか難しい。
これは農場の外側にあるクワの木だが、枯れ枝が多く弱っているのは一目瞭然だった。集落の草刈りなどでここが軽トラの駐車場になっているのだそうだ。
そしてその先に広がる湿地。かつてこの下に池があり、この一帯の地名は「池の平」だった。現在池はなく湿地は乾きはじめてハンノキが繁茂しているが、奥にはツツジが咲くのが見える。
地図の赤丸が農園の位置だが、ここは倶留尊山の急傾斜地が緩くなった段丘地形になっており、中でも真ん中の水が集まる場所だ。元は森と湿地と池があった。開拓によって森林と池がなくなったのだから、それに変わる水脈の補助が必要なのである。
農地から作業道へ出て、前回わだちにできた水たまりを水切りで流したという場所に来る。常に水がたまるというのは泥アクの詰まりが重症な証拠だが、道の凹凸の補修施工はまず水切りをして泥アクを団粒化させ、地面の空気通しが回復してから行なわねばならない。
どのようなルートと流量・流速で雨水が集まるのか? 斜面の傾斜や凹凸を見ながら水の流れと渦を頭に描いて水切りを行う。そんな解説を加える。
農地に戻り炭焼きを始める。コロナ対策も兼ねて矢野さんはどの現場でも積極的に伏せ焼きをやることを課し始めた。一つの型に収まらず、どんな場所、どんな炭材でも、臨機応変に、様々な現場に対応した「簡易炭焼き」ができること、これも大地の再生のプロとして重要なことだ、と。
しかし今回は炭材が細い枝葉だけになってしまった。作業道のわきのヒノキの枝を切ってきたものである。
太くてもせいぜいこのくらい。
炭材のすき間がありすぎたのだろう、なかなか火が回らず炭化に移行せずじまいだった。しかし失敗も経験である。試行錯誤の過程で炭焼きと空気の流れの本質に迫ることができる。
遅い昼食になった。私と矢野さんは今日は16時に上がって東近江の現場(3/8~9に施工した「川端のある家」)に行かねばならない。
昨日の続きを掘り始める。
雑排水が土壌浄化法で駐車場の中央の緑地で処理されているのだが、一度に大量に流すと処理しきれず水が浮いて流れてくるので、そこにコルゲート管を配置。
埋め戻し。車が通るので管がつぶれないように伏せておかねばならない。
こちらは農地の水脈と点穴を施工するチーム。
矢野さんは時間をちょと超過するまで作業し、作業着のまま私の運転する車に乗って、東近江へ向かう。
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暗くなるぎりぎり前に現場到着。Oさんの現場はどう変化したのか? 私もぜひ見ておきたかった。
敷地の水はけもよくなり、スッキリした風の変化を感じられているようだった。
矢野さんは家周りの水路をくまなく回りながら、泥上げや草刈りをチェックし、お二方に今後の管理の指針を示す。
公道側にある川端の洗い場。泥アクが消えて澄んだ水がいい感じで流れている。セキショウも根付いていた。
驚いたのは庭の外周水路の底が柔らかくなっていたことで、前回はガチガチで埋もれていた石と泥が掘れるほどになっているのだった。空気が通り始めて緩んだのだろう。
この詰まりで庭のモミジやマツが肥大化・徒長していると考えられるので、矢野さんは時間をかけてここを掘り始めた。さらに一番の懸案だった家の中への水の侵入をチェック。床下は全体に乾き始めているのを確認。
作業後、夕食をいただきながら家の改修プランを聴いたりする。湧き水が家の周りを流れているというありがたさを感じながら、現代の暮らしを折衷する改修案を見つけて暮らしていく・・・という新たな意欲が、お二方から感じられたのが良かった。
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再び私の運転で名張のホテルへ戻る。矢野さんにはシートを倒して寝てもらったのだが、途中でちょっと道に迷って到着が深夜12時過ぎになってしまった。私はそこから資料のまとめ。仮眠して夜が明けた。