大地の再生の矢野さんが回る西日本豪雨被災地を、今日明日と取材する。高松を早朝に出て高速を西へ。まずは愛媛県の宇和島市。今回、大洲の水害もひどかったが、西予市や宇和島市の崖崩れも大量におきた。こちらは古くからミカン栽培が盛んで、急傾斜地にミカンが植えられたその畑も多くの被害を受けた。
待ち合わせ場所、JAえひめ南立間中央支所に早く着きそうだったので、商店がある場所まで南下してみたが、そこかしこに泥水の跡があり、伊予吉田の街はひっそりと静まっている。
JAの駐車場には災害派遣の自衛隊が待機していた。水道の復旧が遅れているらしい。私も氷を詰めた水筒に水を汲んでもらった。
参加者が集まり、車に乗り合わせて現場まで行く。途中、被災跡が生々しく現れる。
昨日の新聞記事では、宇和島市吉田町地区だけで2,271カ所、宇和島・西予・大洲の3市を中心としたエリアで少なくとも3,410カ所の斜面崩壊が確認された(『毎日新聞』)。中でも吉田地区は斜面崩壊の密度が高い。ミカン畑は通常の山林より樹木が少ない。また除草剤を多用するため植物の根による支持力が弱いと考えられる。
川をまたぐ橋の上流部では必ず被害が大きい。流れてきた流木が橋でせき止められ、水かさを上げて侵食を大きくするのだ。
到着したみかん園の対岸とその上流には唖然とした光景があった。土石流の散乱は片付けられているけれど、家の角に破壊された軽自動車が突き刺さったままだ。
明らかに、直線化されたコンクリート3面張り水路と、強固な橋梁が、被害を増幅させたと見える。最上流に見える建物は浄水場だそうだ。なぜこんな小沢に浄水場が? と訊いてみると、肱川上流の野村ダムからここまで隧道で水を引いているのだそうだ。計画給水量は6,890㎥/日あり、吉田町と三間町あわせて4,700戸に水を供給する重要な施設なのだった。
代替施設が作られ、昨日ようやく試験通水が始まったという。豪雨被害からおよそ一ヶ月が経っている。
ミカン畑の崩壊地に上がる。
数m幅でかなり上方から土砂崩れが起きていた。
矢野さんによれば。今回の西日本豪雨被害では、崩壊している場所にはたいていコンクリート構造物があるという。それが土圧・水圧を塞いで、その長年の詰まりが今回の大雨で炸裂した・・・と。ここにもコンクリート擁壁があった。
そして民家そのものが留めの存在になってもいる。水や空気が抜けていれば、大雨でもそんな大量には崩れない。塞いでいる分だけ崩れる。健全な空気と水の流れを取り戻すために、自然が作り出す当たり前の地形に戻ろうとしている、その現れなのだ・・・と。
もちろんその詰まりはミカンの成長にも影響を与えている。周囲の木々を見渡して、矢野さんは成長にムラがあることを指摘する。根の呼吸が悪いところができているのだ。
上がると浄水場の上部がよく見え、崩壊の始まりが2カ所確認できる。ここもまた浄水場とその周囲のコンクリート構造物が、水と空気の流れを遮断していたと考えられる。
さらに上がってみる。道無き道を上がることになるため、矢野さんが簡単な道作りの指導を始める。使う道具は移植ゴテだけ。これでステップを切るだけでもずいぶんラクになる。このような急斜面では「道=水みち」になるので、雨をイメージし、常に分散を考えて切っていく。目安としては2mくらいの間隔で水切りを作っておくとよい。
走る水にならないこと、歩きにくくても、空気や水の通り道になるようにする。獣道のようなランダムなデコボコ道でよい。最後に刈り草でグランドカバーをかける。草が生えたらくるぶしくらいの高さに刈って管理する。
道が安定すると周囲の水も安定する。草もミカンの木も暴れなくなる。作物がよく育つ。道作りは農地の環境を安定させる大事なものだ。
ここが最上端。水が噴き出した穴ぼこが多数みられる。
今後の対策としては杭材を使って階段状の抵抗柵をつくり、雨の流れの流速を抑えると共に、浸透を促す(写真は落ちている根っこ片で抵抗柵の位置を教える矢野さん)。最も大きな流れになりそうな本流筋を急ぐ。本流がやさしい流れになれば、全体がやさしくなり、浸透する必要があるところから必ず雨水が浸みていく。
そしてチップや刈り草などで裸地をグランドカバーする。また既存の構造物があればそのキワに点穴を掘る。水が走りすぎてもよくないが、逆に停滞して泥水がたまるのもよくない。
泥水の停滞は地中に空気が通っていないバロメーターだ。水脈周辺を裸地にしないことが重要だ。普段から泥が出ない水切り、グランドカバー、そして脈(横方向)と点穴(縦方向)を設置する。
このまま放置すると乾燥が進む。すると周囲の草が根を張り背丈が伸びる。だから草刈りよりもこの崩壊地の抵抗柵とグランドカバーを優先する。
これを一人でやるとなると途方にくれるけれど、10人くらいの結作業でやると案外簡単にできてしまうものだ。結作業というのは皆がのってくると本当に驚くほど作業が進む。
基本は災害でできた崩れ地形をそのまま生かすこと。自然はその地形を保ちたがっているのだし、流木なども置かれた場所には意味がある。災害復旧だからといって大きな工事をするのではなく、小さな工事をたくさん作る。重機をやさしい道具にする。
急峻な地形では草が大事になる。除草剤を使うと表層の侵食が大きくなり、土が流れて下が詰まりやすくなる。草を生やして「風の草刈り」(風で草が曲がる・揺れる位置で刈る)で管理し、果樹は下枝を剪定して草丈と果樹の間を風が通るようにする。その空間が詰まると病害虫が出、草を低く刈りすぎると地面が固くなる。
今回のミカン園の所有者Mさんの自宅裏に沢と堰堤がある。ここも手入れを必要としている・・・と矢野さんからの指摘。
まだ木々が暴れた表情で伸び盛りだからいいけれど、地上部が詰まっているということは、地下も詰まっているということ。やがてガスが溜まり、木が弱り、竹などが枯れだして倒れてくると危ない。まずはコンクリートが見えるように草刈り。沢の風通しをよくする。そして堰堤上部に点穴を掘る。
この沢は暗渠で車道をくぐり本流へ落ちているのだが、そのサイズがあまりに狭い。この災害をきっかけにコンクリート土木も「空気と水の通り」を優先したものに改変していかねばならない。
そしてMさんの自宅の対岸にあるミカン畑。左側はクズが繁茂してだいぶ詰まっている表情。石垣の下部やコンクリート擁壁の内側に点穴を掘るといいだろうとのこと。「肥料に頼るとけっきょく暴れてくる」「大規模に農地を整備すると管理しきれず無駄も多くなる」「元環境整備を着々とやって小さい農業をするほうがいい(収量は同じ)」
短い時間だったが、矢野さんの濃密な解説に関係者は納得の表情だった。私は、若い世代の農業従事者に出会って、その行動力や意気込みに新しい希望を貰った。