明日なき森


桐生の里山に暮らし始めて、夜に飛来する虫が異常に少ないことを書いた。これは農薬・除草剤・室内外殺虫剤が下手人であるとにらんでいた。が、旧アトリエでも虫が少ないことが判明した。

実は前回の6/29でもは感じていたが、まだアトリエ滞在中の晩春はけっこう虫たちが灯火に来始めていたから、桐生が異常なのだと思っていたのだ。ところが、今回の夜、灯火にやってきた虫たちはごくわずかだった。5年間暮らしてこんなことは一度もなかった。ネットで検索してみると、全国的に、虫の少なさのに異常を訴える人たちがいるようだ。

みなさんの地域はいかがですか? ぜひ書き込みなどで教えてください。

さて、今回出がけに桐生図書館で重要な本を借りて持ってきていた。後藤伸さんの講演録『明日なき森』(新評論 2008)である。後藤さんは教員生活をしながら紀伊半島を徹底的にフィールドワークし、その特異な生態系の解明に尽力された人である。惜しくも2003年に73歳で他界された。

暖帯寒帯の両種が混在する不思議な熊野の森を書いたその文を、私はどこかの図書館で読んでいて、その魅力的な森の深みに引き込まれた記憶がある。著者名が思い出せないまま、ずっと時間が過ぎてしまっていた。本書の巻末「著作・報告書一覧」からすると、1993年の『日本の自然 原生林紀行』(共著/山と溪谷社)だったのかもしれない。

それが、私の本の読者からメールをいただいて、この本を発見したのだ。これまで後藤さんの名を得ることができなかったのは、単著が『虫たちの熊野』(2000年)という本のみで、これが紀伊民報社という地方の出版社であるため、図書館に入りにくかったからだろう。そして後藤さんが他界された後「熊野の森ネットワークいちいがしの会」の有志の手によって、昨年の10月に、本書が刊行されたのである。

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この本のなにがすばらしいかといって、熊野の森の、すなわち生粋の照葉樹林の形態をとことん解明してくれたこと(それはもう風前の灯火なのであるが)はもちろんなのだが、日本の気候風土とヨーロッパのそれとのちがいを明言して、日本の人工林の現状の危機を的確に書いてくれたことである。

その延長として、スギ・ヒノキの球果に依存して異常発生するカメムシ被害とそのメカニズムを報告している。一般書としては初めてのことであろう。後藤さんはすでに1965年に「自然林を伐採して不適地に拡大造林することへの反対運動」を開始し、1985年にはこのカメムシの調査研究をしているのだった。

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そして「拡大造林で強引に(スギヒノキを)植えたところは、やがて順番に崩壊していく」と言っている。なぜならスギ・ヒノキは根を横に張るからで、しかも腐葉土補給がないので表土が貧弱になり粘土化する。そして地滑りを起こす。だから直根の広葉樹が中になければいけない。

その解決策として「崩壊寸前の植林地(人工林)については国民総出で『巻き枯らし間伐の運動』を行なえば今なら崩壊を止められると思います」(P.266)と言っている。この講義録は2000年のものだから、私が鋸谷さんの巻き枯らしを『林業新知識』誌上で連載したときよりも1年早い。

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日本の森のは「水の自然」なのである。この本には、これまで私が(大学教授や国の研究者たちに無視・黙殺されながらも)何度も何度もしつこく書き続け、訴え続けてきたことが、後藤さんの圧倒されるような緻密なフィールドワーク、炭焼き職人との対話、などによって、魅力的な語り口で、同じように、いやそれ以上に、明快に書かれているのである。

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旧アトリエに滞在中の2泊3日でこの本は一気に読了した。草刈りの疲れも吹き飛んでしまい、明け方の3時に起き出して、枕元でむさぼり読んだものである。

いよいよ日本の森の真実が浮上してきた。この歴史的名著『明日なき森』(新評論 2008)の熟読をぜひおすすめする。近隣の図書館にも購入を勧めよう。合わせて『森林の崩壊~国土をめぐる負の連鎖』(白井裕子/新潮新書 2009.1)もぜひ読まれんことを。

追記/「西日本の豪雨 死者13人、行方不明者18人に」アサヒコム関西8/11

◯台風9号の影響で西日本各地に降った豪雨による被害は広がり、11日午前0時半現在、兵庫、岡山、徳島の3県で死者13人、行方不明者は18人になった。

私は鳥取・岡山から兵庫にかけて人工林の状態を調査したことがある(こちら)。今回、被害を受けた地域は名だたる人工林地帯で、間伐遅れの山がとても多い場所である。

沢の最上流に放置人工林がある場合が危ない(人が入りにくいので手入れされている確率は極めて低い)。土砂を巻き込んで崩落したものが、沢を塞いで、土石流の最初の引き金をつくる。

下流域が広葉樹林であっても、大量の土砂を含んだ水はカーブの出っ張りをなぎ倒し、削り取っていく。土石流はもはや水ではなく、コンニャクのようなもので、障害物があれば跳ね返って上へ逆戻りしていく、そしてそのあたりの土を全部えぐっていく。次の曲がり角でまたえぐる。

だから最初の崩落は小さくても、土石流はどんどん大きくなってしまうのだ。『明日なき森』で後藤さんは「どんなに雨が降っても水だけでは大きな被害はない」そして「(日雨量)200ミリ300ミリの雨なら本当のまともな照葉樹の森があったら何も怖いことはない」と書かれている。

明治期までは日本人はこのことをよく理解し、最上流に人工林をつくるなどということは決してしなかったのである。ドイツ林学ではこの水の概念はない。なぜなら、かの地は年間総雨量が500ミリ、といった小雨の場所だからである。

▼追記2/You Tubeからの画像

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やはり崩落のスタートは人工林(赤丸は私がつけたもの)。


コメント

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