手仕事で、木クズは燃料に


最近、林業雑誌なんかに「チェーンソー・アート」の記事がよく載っているけど、はっきり言ってオレはあれ好きじゃないぜ。しかも、伐倒した生の伐り株に直接アートしちゃうヤツもいるらしい。なんか可愛そうというか残酷というか・・・(そう思わないのかな?)。アートならちゃんとノミと彫刻刀でやればいいじゃん。ガソリン使ってオイル使ってうるさい音たてて排気ガスまき散らして、あんなものに夢中になるヤツの気が知れん。

「チェーンソー・アート」で村おこしだって? はっきり言おう。山村の「旧住人」でチェーンソー・アートに理解を示す人はほとんどいないと思うよ。木は使うもの。売り物。燃やすもの。そのために植えたんだからね。そして機械や燃料は、大事に使うものなんだ。ムダなことは絶対にしない、それが山に生きるってことだ。それが自然の中で暮らす「掟(おきて)」なのだ。

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クワの薪


イラストマップの取材が入ったり打ち合わせや来訪の電話が入ったりして忙しい一週間だった。HPの「写真&エッセイ」に動植物の写真をアップした。アトリエで撮ったものを中心に、これからも数を増やしていく予定だ。でもここに殿堂入りするにはかなりの秀作じゃないとね。鳥も撮りたいんだけどこれはカメラを買い替えないといけない。

さて、秋だ。伐採の季節、イノシシ避けづくりに邪魔なクワを伐っておいたのだが、それを運んで薪に仕立てる。こんな細い枝は「薪ストーブ派」には無用の長物だろうが、カマドと囲炉裏を使うここではすべてが役に立つのだ。

生の木はノコが入りやすい。かなり楽に切れる。太めのものはクサビで半割りにする。これも生木のうちは面白いほど簡単に割れる。クワの心材は鮮やかな黄色で美しいのだった。

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クワの実、昔の話を聴く


イノシシが気になり、早朝から見回り。またジャガイモが2カ所掘られている。しかし派手な掘り方ではなく、しかも食べ残しが今回は2個転がっている。変な奴である。いま畑のジャガイモは一株に何個くらい、どのようなサイズで付いているのか調べようと、大きめの株を選んで初のジャガイモ掘りをやってみた。大きいのは2個、あとはまだ小さな小イモ状態だった。最初にし尿を捨てた穴の近くに春先、菜の花が出てきたので興味深く見守っていた。それは周囲の菜の花よりも濃い緑色をして、かなり大きく育っていった。種を結び、いま倒れかかっているその株に、アブラムシやカメムシなどがびっしりと付いている。窒素分の多い肥料を施すと「濃い緑色」になり「虫害を呼ぶ」というのを目の当たりにした思いだった。

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