松山から三坂峠を越える。尾根に常緑樹のシイ類がモコモコと残っている。茶色いのは花が開花している色だ。
ここまでの国道の林縁には陽樹のアカメガシワがとても多く、コンクリート擁壁(ようへき)の水抜きの穴からも飛び出てけっこうな大きさに育っているものもある。アカメガシワ種子は油脂で覆われ鳥が好むことから遠くへ運ばれる。種子は長く休眠することができ、伐採などをきっかけに高温下になるとまっ先に発芽する。長寿木ではないが、根の各所から地下茎を伸ばし繁殖する能力を持つという。
久万高原町上黒岩付近を通過。茅葺き民家を見た。斜面の山はスギ植林地の雪折れをきっかけに一部皆伐した跡地(推測)。そこに広葉樹が生えてきて新緑真っ盛り。まだ残る林縁部のスギは元は線香状態で下部は枯れきっていたはずだが、光が当たって幹からも生き枝が出て、ネズミサシのような樹形になっており、間に広葉樹が浸食し始めている。
こちらは尾根部に残された広葉樹が大きく育ち新緑を謳歌。このような尖り尾根は植林しにくい(しても育たない)ので以前の植生が残されることが多い。スギもかなり大きく育っているのだが、尾根の広葉樹の樹高はそれを凌駕している。
中腹に、若い皆伐跡地が緑に覆われている。ここも下部のようにやがて広葉樹に覆われていくだろう。
天気がよいので四国カルストを目指すことにした。
すごく気持ち良いところだ。四国にこんなところがあったとは・・・。秋吉台、平尾台とならぶ日本三大カルストの一つで、最も標高が高いのがここ。標高は1300mある。
オバチャンがイタドリを摘んでいた。生のまま塩して冷凍保存しておくと、塩抜きしてからいろいろ使えて便利だという。
Copenで走りたかったな。牛がいる。
姫鶴平、という看板のあるレストハウスでソフトクリームを食べてみた。ウマい。
石灰岩。大昔に海底にあったサンゴ礁、有孔虫、ウミユリ、貝類、藻などの生物の殻(主成分は炭酸カルシウム)が堆積してできたもの。そう、ここは四国の屋根だが、太古は海底だったわけだ。
お店にはウシがデザインされたお土産。軒下にツバメの巣。
裏のトイレのところが県境になっているのであった。風力発電風車が2機。
シームレス地質図で見てみる。水色が石灰岩だ。露頭部は以外に幅が狭く、尾根だけに伸びている。
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太平洋側に下っていく。トチノキが点在していた。途中、「四万十川源流点」の標識があったので行ってみることにした。車を置いて徒歩25分。乗用車が数台にマイクロバスまで止まっている、名所なのだ。入り口で写真だけとって帰る。
須崎で売り出し中のBグル「鍋焼きラーメン」を食べてみようと、駅でゲットしたマップで店を探してみたのだが中休み時間でいくつかフラれ・・・
ようやく「豚太郎」に落ち着く。四国全域にあるラーメンチェーンだが、さすがに須崎の店には「鍋焼きラーメン」が。
▼以下が鍋焼きラーメンの定義であるという。
1)スープは、親鳥の鶏がら醤油ベースであること。
2)麺は、細麺ストレートで少し硬めに提供されること。
3)具は、親鳥の肉・ねぎ・生卵・ちくわ(すまき)などであること。
4)器は、土鍋(ホーロー、鉄鍋)であること。
5)スープが沸騰した状態で提供されること。
6)たくあん(古漬けで酸味のあるものがベスト)が提供されること。
7)全てに「おもてなしの心」を込めること。
確かに、コリコリと歯ごたえのある親鳥と卵が、そしてちくわが入っている。
つくねも入っていた。なかなか手が込んでいる。650円だった。
やや塩辛いので小ライスを追加。たくあんは着色だけど発酵臭の強いなかなかの逸品であった。
汗だくになって店を出た。
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高知市を目指す。途中、茶畑に見事な石垣。
ヒノキ、竹、広葉樹と、カオスのように入り乱れた山肌。やはり土地本来の高木性陰樹が優位に向かっているように見える。
太平洋側に来るとシイの中にクスノキが増えてくる。
夕暮れの桂浜へ寄ってみる。
鋸谷さんと出会った1999年の旅以来だから、13年ぶりの再訪だった。
あのときは、美しい玉石の散乱が印象的だったが、その小石は波打ち際に少しあるだけで普通の砂浜になってしまっていた。五つの色を揃えて「五色石」として土産物屋で売られているとyuiさんから教えられた。四国は大断層があり豊かな岩石相を持っている。それが仁淀川から運ばれるのだろう。白は石英、緑は緑色変成岩、赤はチャートだろうか。
高知の町に出て、居酒屋で「チャンバラ貝」を食べてみる。イカ団子の揚げ物も美味しかった。放・射・能の3文字が目に浮かんで、ここにきてカツオやクジラなど太平洋の鮮魚を食べる気が起きないのが悲しい。
宿に戻ってデザートに「一六タルト」を食べる。これを「いちろくたると」と読めれば、あなたもなかなかの四国ツウである。