マティスのロザリオ礼拝に続き、昨日はステルヴェッキオ城も休館日でガッカリしたが・・・
「おいおい! せっかくヴェローナに来たんだから、そんなに焦るな、まずは街並みをじっくり見ろ!」
とスカルパに諭されたような気がして、つまりスカルパの銀行と世界遺産地区の建築を見るだけでも十分満足であった。
小雨の中、早朝に宿を出てカステルヴェッキオまで歩く。道端にあった小さなお堂。
昨日とはちがうアプローチで橋を渡っていく。
カステロヴェッキオ城は14世紀にヴェローナを統治していたスカラ家によって要塞として建てられたものである(もともと12世紀に建てられた城壁と教会を利用している)。ヴェローナは中世の町並みがよく残っており、2000年には「ヴェローナ市街」と世界遺産登録されている。
しかし、1117年にヴェローナ近郊を震央とするM6.9の地震がおきて約3万人が死亡、ヴェローナでは円形闘技場や聖堂・教会などほぼすべての建築物がダメージを受け、ロマネスク様式以前の建築物はほぼ一掃されたというから、その後の建築になる。
16世紀にはヴェローナはヴェネチア共和国の支配下に置かれる。この城は軍隊の兵舎、武器の倉庫として使われ、19世紀のはじめはナポレオンを先頭に一時フランスの支配下になり、城はフランス軍隊の訓練所兼兵舎になっていたという。その後オーストリア帝国、ハプスブルク一族に支配され、やはり軍隊の兵舎として使われた。
白壁はナポレオン時代の増築部分。
そしてそして・・・20世紀初期1923年から修復が始まり1930年にヴェローナ市の博物館・美術館になった・・・。というわけで、われわれ島国の日本からは想像もつかないほどの歴史をくぐり抜けた建物である。
ナポレオン時代と1800年代中葉の改築が複合的に入ったこの建物を、美術館としての改修・展示構成するにあたり当時52歳のスカルパが起用される。改修は1958年から手がけられ、
全体計画をもたず10年以上の間隔をおいて各部門が進められた。スカルパ改修のエポックメイキングとなったヴェネツィア、サン・マルコ広場のオリヴェッティのショールームが1957-8年の作品なので、もっとも脂の乗り切った時期といってよい。
窓、建具にすでにスカルパらしいディテールが。
ギャラリーの開門10:00少し前に付き、しばし待って開場を同時に中に入る。
大理石のキリズト像の背後に鉄板、脇侍の像に鉄の台座。ちょっとした細部の加工と仕上げ、それが出過ぎず、嫌らしくない。
古い城と近代素材の鉄・ガラス・コンクリートが響き合い、展示作品を引き立てる。しびれるような、厳しくて美しいディテールだ。そしてコルビュジエでも感じたと同じく、氣が通っていて澱みがない。
この美術館のハイライト、あるいは遊覧の句読点といっていいカングランデの騎馬像。
型枠のジョイント部分。
上から見たところ。
さらに上から。
別の角度から。
この改修では城の鋸壁(きょへき)に相似した「凹凸」の形が基調低音のようにデザイン挿入されていい味を出している。それにしても、この騎馬像展示の部分だけでどれほどアイデアスケッチや図面を起こしたことだろうか(!)。
手すり。
鉄板と石による階段。
この展示も良いな・・・。鉄枠と脚がオシャレだ!
絵画のコーナーもけっこう広い。
ジョヴァンニ・ベッリーニの「聖母子」。
ルーベンスの静謐な肖像画。
甲冑や槍のコレクションの部屋もあった。さて、今日は次を急がねばならない。駅でサンドイッチをコーラで流し込み、ジョットの壁画のあるパドヴァへ電車で向かう。