兵庫県西脇市に拠点をもつアパレルメーカー「tamaki niime」に前回訪れたのは2019年1月18日。同月末に初めて「大地の再生」を行うという打ち合わせに同行した。場所は古い染工場をリノベーションしたというメーカーの拠点となっており、2019年当初は敷地のほとんどがコンクリートとアスファルトで閉ざされていた。
矢野さんらはその講座からさらに丸2年以上かけて敷地の改変と再生に取り組んだ。その経過は時折聞かせてもらっていたが現地を見学することもなく過ぎてしまっていた。今回はビオトープ作りを取材しに来たのだが、これまでの成果を見るのも楽しみであった。
建物が近づくと、手前の畑にも「tamaki niime」のプレートが建ててあった。耕作放棄地を借り入てオーガニックコットンの栽培まで着手しているという。
だいぶ植え込みが増えて緑緑している。
コンクリートを剥がして植えみ場所をつくり、立体的な寄せ植えがされているのだった。
大地の再生が入る前、ビフォーはこんな感じだった(2年前1月)。
コンクリートの縁石を取って枕木に変えてある。それがいい見切りになっている。
それでも植物にとってかなり過酷な環境といえ、まだまだ生態的に調和した状況とはいえないようだ。
挨拶と自己紹介の後、矢野さんは「これらの植物はまだコンクリートの中でやっと息ができる状態・・・」と言って、メンテナンスを指導し始めた。まずは「風の草刈り・剪定」。ふらつく茎の部分を撫で刈り、曲がるところから削いでやる。自然樹形の風通しでバランスをとる。こうすることで草たちの根が分岐して、地下の空気通しをつくる。
地面には片手ツルハシで根回りにすき間をあけていく。猫の爪描きのように、刺してからちょっと引く(揺する)ようにして開いてやる。これで地中のガス(有機物が発酵したときの)が抜ける。すると植物がシャキッと立ってくる。
ここは普通のツルハシで。アスファルトに被っている土の部分もこの作業が重要。コンクリートの植木鉢に植えてある状況に近いので、抜きの作業が必要。詰まると雑草が強くなる。気が通ると枝が上がってくる、枝枯れも治る。
建物群の奥に芝生と植え込みのビオトープ公園ができていた。土手の向こうは川になっている。
ここは大地の再生ではなく別の業者が手がけたらしい(彼らも講座に参加していた)。前回見たときは流木が積まれた荒地のような場所だった。
建物群に落ちた雨が雨樋と排水管でここに流れ出すという設計で、水路底には耐水シートが入っている。
そのせいかあまり健康的ではない水の色。底石にはアクが溜まっている。空気通しが大地と遮断されているためどうしても泥アクが溜まるのだ。これは下流に行くほど大きくなり、水を濁らせる。
水路の末端は消え入るように水みちがなくなっている。ここで浸透しているようだ。
先には防水シートが見えていた。
その先にいくらか平らな土地が残っており、この全体水脈の出口に矢野さんは小池を掘るらしい。
その奥にはコンクリート桝があり、暗渠で堤防を抜いて畑谷川に注いている。水量があるのは背後の岡之山からの湧水が・・・
この間知石の石垣の隙間から何カ所か染み出しているのである。
そしてこれが畑谷川側の出口。tamaki niime敷地の雨水排水は最終的にここから排出され川に流れ出る。
堤防上から見た川側の出口(左丸)と、敷地側の桝位置(右丸)。
さらに引いて眺めるとこんな感じ。ビオトープ全体の面積もかなりあるので、大雨のときはかなりの水が集まるはずである。
矢野さんがブレーカーで掘り始める。公園工事が入る前に矢野さんたちは周囲に水脈を入れていたらしい。掘りながらそのパイプを確認・回収する。
新たな資材が用意される。コルゲート管や池の土留めに使う丸太など。
ブレーカーのピンで硬さを確かめながら水脈を掘っていた矢野さんだが、バケットに乗り換えいよいよ池を本格的に掘り始める。
矢野さんの描いたイメージ図では、丸太の土留め杭の他に、最も土圧のかかるところには自然石も使う。そして植栽をセットにして土圧を支えるとともに空気通しを確保する。水脈の末端は非常に大事で、ここに高木の根の深さに対応する深さ1〜2mの池を掘る。
かつては水脈上にため池が作られた。兵庫県下はとくにため池が多い場所で、そのため池は定期的に水を抜いて泥掃除が行われ、それが大地の空気と水の循環をよくする極めて重要な「点穴」的役割をしていた。今の人工的造成地形や構造物は、逆に大地の機能を弱めるように作られてしまった。
矢野さんはデザインから植え込みやビオトープを作らない。落差地形を作り、土圧をうまく支えてやると水と空気が動く。それにはコンクリートで固めるのではなく丸太と木杭で土留め柵を作り、自然石を組み合わせる。
・石組み
・木組み
・土組み
という3つの手法、それに中高木の植栽を加え、土圧から空気圧をうまく抜いてやる。見た目の環境づくりではなく、機能が整えばデザインができてくる。
池から(桝へ続く)水路へつなぐコルゲート管が配置され、炭がまかれる。
その上に粗枝、そしてササの枝葉で仕上げ。
池の底部が決まり、丸太の土留めが据えられる。材はヒノキである。ヒノキといえばかつては高級木材で、土木工事に使われるなどどは考えられなかったが、現在の日本の山の状況下ではヒノキの間伐材は安く豊富に出回っており、薪やチップにさえなっている。
しかし、災害復旧や環境再生工事には、この通直なスギ・ヒノキ間伐材は土留め柵にうってつけの素材といえる。
杭が決まったら番線しばり、そして炭と・・・
粗枝を組んでいき、ササの枝葉を編み込むように置いていく。
軽く埋め戻してその上にもう一段。こんどは広葉樹の曲りを持った木が使われる。重量はかなりある。
池の反対側の水脈にも同じような土留め柵を。
形が見え始めた。
今日はここまで。
持ち出さない、あるのもを生かしていく・・・という発想で「大地の再生」工事は進められる。tamaki niime敷地の再生には剥がされたコンクリートが石と同等の素材として庭に使われている。私はこれを見て、都市の再開発にも活かされる手法を瞬時に夢描いた。
全国各地に、都市のど真ん中に廃墟のようなシャッター街があるところが少なくない。その一角をぶち抜いて「大地の再生」的ビオトープを作るのだ。そこに井戸があればなお良い。セットで木造民家を再生して囲炉裏を作り、オーガニックなマーケットと自然農の敷地を点在・連鎖させていくのだ。
街のど真ん中に自然の循環を考えさせられる、実感することができる体験場ができる。龍安寺の石庭の青石のように、空気と水が流れる都市の坪庭に、泥アクのとれたコンクリート骨材が、生き生きとした表情の石として蘇る。
それはデザインではなくて、機能からやってくる。