今回の宿は(財)宮城青年会館が運営する「エスポールみやぎ」という所で、現場まで割と近い上に、周囲にはコンビニをはじめ寿司、牛丼、うどん、本屋、スタバ、と全国チェーンが揃っている。周囲に食べるところはいくらでもあり、宿泊費は安い♬
和室一部屋4人の相部屋で、他の3人は長野の会議でお会いしたこともあるAさんをはじめ、みな職人さんなので夜は飲みながらの話となり、貴重な話が聴けるという機会。朝は皆と牛丼屋で食べて乗合で現場へ。仙台現場の朝は早く、現地7:30集合である。
ミーティングで指示を出したあと矢野さんは茶庭を眺めながら、ノートを取り出して植栽について検討しているようだった。昨日、低木をかなり植えたがまだ空きがあり、草本類も植えねばならない。一旦造成をかけられてしまった敷地の再生は、気脈・水脈の整備だけでなく、その緑の再生にも膨大な手間を要する。
入り口の広場に置かれていた植栽用の植物が、斜面に運び込まれる。草本類に至っては気の遠くなるような数である。
当然ながら、植えて間もないもの、これから植えられるものには、水やりをしなければならない。
明日の有機アスファルト舗装予定地では、初期に配置した水脈の補修と補強が行われる。既存の舗装道路とのキワに浅く埋められていたものだ。バケットで破損した穴を補修する。さらにこのままでは舗装転圧で路面が沈んでしまうので・・・
周囲に木杭を打って地面を締める。
その上に有機物をかぶせる。
そしてローラーで転圧。明日はこの上に舗装されるのだが、大々的な有機アスファルト舗装を見るのは初めてなので楽しみである。『現代農業』連載の次回(第5回目/最終回)はこの有機アスファルトを書く予定なのでナイスタイミングであった。
矢野さんは茶庭の頂上でコルゲート管を新設している。写真の低木の葉が茶変を始めたのを察知して、ケアに取りかかったのだった。
ここは門かぶりのマツの根元でもある。掘ってみると青灰色の土が出てきた。
典型的なグライ土壌の色だが、臭いはなかった。
ともあれまず炭が入る。
そしてコルゲート管。
このようなケアをしなければせっかく移植したマツも枯れる恐れがある。なにしろこの下の造成は重機で叩いてある上に、アスファルトの道で分断されているのだ(横断暗渠を使って脈は通してある)。
枯れるとまた新たな木を植える替えるので、そのほうが一般の造園屋さんは儲かる・・・と考える。若き日の矢野さんはそれに疑問を呈して、衰退の原因を突き止め、地中の空気の流れを知るに至り、現在のスタイルにたどり着いた・・・という話を、岡山の講座で聞いた。
枝の有機資材はただ投げ入れるのではなく、編み込むように入れていき、上からよく踏み込んでおく。そして炭と落ち葉をかけて、左右に軽く土を被せる。葉っぱを置くだけでかなりのドロ避け効果があるが、入れすぎるとせっかくの溝が詰まってしまう。自然に付いている枝と葉っぱの比率で納めると、詰まらない。
枕木のステップを追加する。枕木には必ずシバを添える。そして川砂をまく。枕木にドロがかかるとシバの根が伸びてフォローしてくれる。もちろん雑草も生えてくるが、水・空気の流れがいいとシバが優勢になる。雑草も抜かずに撫で刈りで管理する。
ササの整理を始めた。この通路には川砂をまいて、その上に炭とチップのグランドカバーを施してある。砂は空気と水をよく通す。砂をまくことで空気と水の通りのムラを解消してくれる。だから川の清流域に行くとドロがなく砂底になる。
密集したネザサの枯れたものを抜き取り、剪定ばさみで短く裁断して地面にばらまく。上部が風通しよく広がるように、根元に土や枝などを押し込んで開いていく。矢野さんが手を入れると、みるみるうちにヤブっぽさが消えて、庭園の佇まいに近づいていく。
下では竹垣の続きが行われていた。
焼き杭が足りないのでバーナーで焼いて作る。
庭らしくなってくる。ここに草本が加わり、この冬を越して春から初夏にこの庭はどのような姿になっているのか? 水が入るとまた面白くなるだろう。楽しみである。
午後から矢野さんは福島の現場で打ち合わせがあり、その足で事務自宅件事務所のある山梨まで戻る。明日の朝また仙台に戻るというハードスケジュール。当初は私も同行して話を聞きながら移動をサポートする予定だったが、以前からこの現場の周囲の緑地を調査してみたいと思っていたので、矢野さんと協議の末午後は単独でそれに充てることにした。