屋久島・大地の再生講座(2)/川音を五感で聴け


大地の再生講座2日目。屋久島一湊集落で「一湊エコビレッジ」を作るプロジェクトが始まっている。そのフィールドを矢野さんと歩きながら学ぶ1日。一湊は屋久島で唯一天然の港である。が、私にとっては詩人の山尾三省が暮らした場所として刻まれている。実は今回の屋久島行きは、講座の2日目に「一湊」の文字を発見して心が動いたということがあったのだ。

赤丸が「一湊エコビレッジ」の場所で、沢の奥に「布引の滝」があり、その沢は外周道路の橋をくぐるとすぐ海に出る。敷地の倉庫でプロジェクターを使った短い座学。これが敷地の形、沢に面している。

矢野さんは森という言葉に「杜」の字を宛てることにこだわる。鎮守の杜という言葉がある通り、人が大地と関わるには「痛めず穢さず、大事に使わせてください」という想いを持った開発の仕方であるべきだ・・・という矢野さんの思想に基づく。この山から海までコンパクトにまとまっている場所で、人も自然も息づく流域の杜づくり・大地の再生手法を学ぶ。

外は雨。結構な降りで、しかも寒い。明日から単独で宮之浦岳に登るN先生も心配顔である。「布引の滝」の駐車場に集まり、まず滝を観察する。

布引の滝は水量が少なく、滝壺には泥が溜まっていた。雨降りだが、実は表土はパサパサで水分が浸透していない。滝の辺りは普通は湿潤のはず。だが植物の根っこが少ないため、乾きやすく、湿りにくい。

細根がなくなると下枝が消えて、根が深くなり、風には揺れやすくなる。なぜかというと、全体に暴れる樹形となり、締まった形でなくなるからだ。

さらに滝の上まで歩いてみる。かなり急峻な登りである。

滝の上の林層をどうしても見ておきたかった(見せたかった)ようだ。やはり、昨日の西部林道と同じように、木に元気がない。下枝が枯れ、下草も少ない。

矢野さんは常に「現場を見る」ということを大事にする。ミクロの現場から学んでいく。それがマクロな世界につながっていく。わからなくなったら、迷ったら、足元を見てみる。数字ではなく、自分の五感で、身体で実感することを大切にする。五感は生の情報を与えてくれるからだ。

ともあれ、外部から見た一見青々とした屋久島の照葉樹林も、内部はこのように病んでいるのである。おそらく尾根筋まで同じであろうとのこと。

ではどう再生したら良いのかという実践編を、滝の下流でさっそく始めるのだった。その方法は、簡単に言えば沢の中にスムーズな水の流れと風の流れを取り戻す・・・ということなのである。

たとえば沢の落ち口に枯れ葉や枝が堆積して、水の流れを詰まらせている場所があれば、そこのゴミを取るなり小石を取るなりして、流れを取り戻す。また上部の空間も同じように、風の流れを塞いでいる場所があればその枝を切り、草を払う。

すると、沢の水音が変わり、沢沿いに風が流れていくのがかすかに感じられる。大切なのは一カ所だけ強く流れるのではなく、川面全体が均等に流れるように気を配ることだという。

すぐ昼になって、朝の倉庫に戻り昼飯となったのだが、矢野さんは水溜りを見つけると何やら移植ゴテで地面を掘り始める。

敷地に水溜りができたらそのままにしないで、溝を切って排水を促す。最終的に側溝などに溜り水が移動するようにする。これは子供の砂遊びのようで、何だか楽しい。曲がりの変化点には「点穴」といって深めの丸穴を掘ってやるとさらに効果的だそうだ。

昼食後、この土地の風土や産業について、一湊の地元の方のお話を聞いた。現在の町の人口は650人。最盛期には3500人いたが、そのうち2500が土着、1000人が交流人口で、開放的な土地柄だそうだ。それというのも天然の良港で、外部との交流が盛んだったから。三代遡ったら外の血が入っている人が多いそうだ。

雨は止まない。午後から本格的に沢での作業に入る。

沢の流れの、詰まりの悪いところは程よくやる。やりすぎないように。全体に均等に、やさしい流れになるように。すると川の音が全体に広がる。同じようにこだましてくる。

大石 を上げると穴ができ、水が入る(大きな点穴になる)。石一個の移動で変化が生まれる。すると泥が流れアクが消えていく。水がスムーズに流れると、それだけで上部の空気が流れ始める。水の流れが空気を引っ張るのだ。

本流の水や空気の流れが生き生きしてくると、河畔の水脈も動き始め、周囲の植物の根が伸びていく・・・という連鎖が起きる。

それだけではない。この沢の変化は、たちどころに今朝見てきた山の中腹や尾根筋まで風や水の変化を起こすという。それを矢野さんは100mのホースに見立てて説明してくれた。水を満たしたホースの先端を解放すれば、100m先の水も瞬時に動く。実に鮮やかな比喩だった。

矢野さんの指導を受けながら参加者は下流へと進んでいく。この中には矢野さんのスタッフも何名かいて、彼らは自らどんどん仕事をこなしていく。昨日今日の参加者は、屋久島でガイドの仕事をしている人が多いようだった。

下流の橋の下から海岸の砂浜までは、伏流して水が消えていた。特に重要な河口付近に溝を掘って水道(みずみち)をつける。

たちどころに水流が現れる。水が流れ始めると、気持ちがよく心もスッキリしてくる。これまた、指で押さえて血管を詰まらせているのを解放する・・・というような比喩に置き換えると、その気持ちもよくわかる。

橋から敷地の縁まで、飛ばしてしまった区間を遡りながら流れを修復していく。これで滝の上流から河口まで、全区間をトレースしたことになる。終えて敷地に戻ると、

「僕らのやったことは、もうあの尾根まで伝わっているよ」

と矢野さんは言うのだった。空気は尾根筋まで広がっている。生きた機能は右から左にすぐに働くようになっている。これが積み重なれば、宮之浦岳、縄文杉にまで修復の機能が届くのだ、と。

残り時間の最後、沢に面した敷地の広場でみずみちを切る。ここは先の尖ったスコップ(通称「ケンスコ」)やツルハシを使って掘る。

草刈り組はナイロンコードのカッターを使った高刈り、通称「風の草刈り」で周囲の風通しを良くしていく。明日は、この草刈りの本質を学ぶことができる。


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