屋久島・大地の再生講座(1)/傷んでいる世界遺産の森


今日から4日間、屋久島で行われる「大地の再生講座」に参加する。講師で環境再生医の矢野さんのことを知ったのは、矢野さんに2年間師事したという奈良在住のKさんが、私たちのGomyo倶楽部のフィールドに見学に来られたのがきっかけだった。

Kさんは私の著作、四万十式作業道の技術書『図解 山を育てる道づくり』に矢野さんとの共通点を感じ、他のイラスト本も読んでくれた。その日はアトリエで深夜まで矢野さんについての情報を詳しく教えてくれ、その独自な手法と思想に私も大いにうなずき感じ入った・・・というわけである。

主催は「屋久島アペルイ」と「(社)大地の再生 結の杜づくり」。

まさか、そのことで屋久島まで行くことになろうとは思わなかったが、私も長くかかった単行本の仕事から解放されて、また宮之浦岳にずっと行きたがっていたN先生が同行することになり、旅の計画は一気に加速したのであった。初日は宮之浦公民館10:00〜。講師矢野さんの乗る飛行機が次の便になったということで、それまでの間、主催者側がスライドでこれまでの活動経過を報告してくれる。

11:30、矢野さん登場。前日、お寺の大木の再生仕事を深夜2時まで。それから空港に向かったが5分オーバーで乗り遅れたそうだ。弟子のKさんが「現場仕事で徹夜しちゃうのは矢野さんくらいのものですよ」と言っていたのを思い出した。ここで早めの昼食にして、午後から屋久島のレクチャー。

昼の弁当は、なんと10年前の初めての屋久島旅で食べた「かもがわレストラン」のものだった。竹皮に包まれたおにぎりもおかずも、とても美味しく懐かしかった。

食後、スライドを使って矢野さんの座学が始まる。矢野さんはこの講座のために、念願だった屋久島に初めて入島し、主催者の一人であるガイドの田中さんと3日間をかけて下取材に回られたそうだが、その感想は「屋久島もずいぶん傷んでいる」というものだった。

矢野さんの自然を見極める視点の特徴は「水と空気の循環」である。その循環が絶たれると生き物は疲弊する。高度成長時代から日本はコンクリート土木を投入し、その命脈をズタズタにしてきた。それは顕著に植物の表情に表れる。日本全国どこを見ても同じだが、屋久島の場合、大きな原因は島を一周する強固な土木構造物、すなわち周回道路なのは明らかだ。

まさかあの屋久島まで・・・。しかもここは世界遺産登録地が海まで続いているという「西部林道」。10年前の屋久島旅では濃密な自然に感嘆したものだった。

しかし、橋の上から眺める沢に生える木々が枯れ始めている。また、林床の腐葉土層が薄く、下草が少なく乾いている。内部に入るとどの木にも下枝の枯れが見え、林床には枯れ落ちた枝が多数見られる。その中にツル植物が絡んでいるのが特徴的だ。

矢野さんのレクチャーを受けながら、林道から海に向かう斜面を降りていく。途中に炭窯の跡や石垣が現れて驚く。ここは「半山」と呼ばれる耕作跡地だという。原生林の残る島とはいえ、下部の平坦地は里山的な使われ方をしていたことがわかる。

シカが現れる。本州のシカに比べ小型で、人に驚いて走り出すようなことはせず、写真が撮れるチャンスはたくさんある。シカはもともと草原性の動物ではなかったか? 下草が少ないので、なんだかここで暮らすのは大変そうである。

岩場に巻きつくように木の根が取り込んでいる場所は、本来なら細根の絨毯(じゅうたん)になっているはず。大きな岩の周りは本来ならレキがあるはず。今は土砂なので水と空気の流れが詰まる。

樹の枝が落ち、先端が枯れ、光と風が入り過ぎている。それを遮るようにツル草が頑張ってカバーしている。枝が少なくなって梢に小さく緑がある状態は、細根が少ないことの表れ。枝比率が少ない=細根が少ないということで、昔の屋久島より光と風が入り過ぎているのだ。

「半山のガジュマル」。5~7年くらい前に半分に折れてしまった。それは水と空気の流れにおいて確実に問題があるから。カジュマルのからむ大岩ならそれ相応の水と空気の流れがあるはず。ところが周囲に泥が溜まっている。自然は空気を抜きたいと思っている。そこで土石流が起きる。ところが今は、その土石流跡に人工構造物をかぶせてまた塞いでいる。

観察すると表土が硬い。土壌に嫌気性細菌が増えており、落ち葉を過度に分解して土が固く締まっている。これを解決(再生)するには「小さな行動からでもできる」と矢野さんは言う。具体的には移植ゴテでところどころ表土を削るのである。

そこが水道(みずみち)となって水脈が生まれ、空気もその溝に沿って動き始める。カーブなどの変化点に「点穴」と呼ばれる丸穴を掘るとさらにいいという。これで停滞した水溜まりの水を切り、循環の流れを人工的に作ってやるのだ。

「改善するには小さな移植ゴテ一つでもできる。小さな作業の連続がプラスの連鎖ですごい力を与えてくれる。それに自然が手を貸してくれる。自然の力を利用して、人が手を入れて欲しい。表層5㎝の溝切りから環境改善はできる」

西部林道の荒廃もそれについての解決策も、にわかには信じがたい話だが、各地で実践を重ねその結果を出している矢野さんの言葉には説得力がある。

海が近づいて、この灌木たちの林床を見たとき、半信半疑だった私もこの異様な荒廃を認めざるを得なかった。崖の最後の斜面の落ち際に、シダたちがその水分を求めるかのようにわずかな緑を茂らせている(葉の先端は焼けているように黄変している)。

ある高名な林業家は「海岸線の広葉樹の森も暗く下草がなく、雨で表土が流れている、だから間伐で光を入れることが必要だ」と言った。だが、ここは木漏れ日があるのに草が生えていない、砂漠のようなのだ。そして林業家たちは「そのわずかな下草をシカが食べている。だから駆除する必要がある」と続くのが常である。

原因は目詰まりを起こした土にある。車道から始まる泥水の負の連鎖が、ここまで森を荒廃させてしまった。本来なら枝を密に茂らせた密林状態になり、暗い林床に腐葉土が厚く堆積しているはずだが、その腐葉土層や水の循環を失って細根がなくなり、水を求めて樹は深く根を張ろうとする。すると下枝が枯れ落ち、梢の先端にだけ生き枝が集まる異常な樹形になり、光と風が過度に入りやすい森になる。

このような風の強い海岸線で、樹冠というグランドカバーを失うことは、林床の乾燥を早め、さらに荒廃を加速させる。しかし、移植ゴテなどで少しでもその状態を改善してやると、木々は「胴吹き」を始めて回復の兆しを見せるそうだ。

車を止めた橋を流れていた沢の河口に降りた。このように屋久島の沢は、澄み切った水のまま、すなわち本州で言う「渓流」の状態のまま、海へ流れ出ることが多いのである。

西部林道の海岸線に降りることができたというだけでも得難い体験である。しかし、車道からこれだけ離れた森がそんな深刻な影響を受けるということがありうるのだろうか・・・。

その因果関係について半信半疑が収まらなかった私に、矢野さんは翌日の講座で実に鮮やかな回答を与えてくれた。


「屋久島・大地の再生講座(1)/傷んでいる世界遺産の森」への2件のフィードバック

  1. 素晴らしいブログです〜〜〜♪
    大地の再生が手に取るように良く良く 解ります!
    講座に参加し、アワアワしながら 作業をし 心地良く身体は疲れ
    (ヘロヘロデスガ…)
    頭の中は、バリバリ興奮している?混乱している?が 消化不良の私には
    何よりのプレゼントですっ
    ありがとうございます(≧∇≦)

    1. コメントありがとうございます。私も励みになります。またお会いしましょう。

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