早朝、集落の被害状況を見回りにいく。擁壁崩壊の末端部は民家からわずか10数メートルというところで、あわや人災になるというスレスレの位置だった。大木の倒壊で道が塞がれた場所、石垣が壊れた所が何カ所かある。
国道への進路が崩壊したのでスーパー林道から町へ出るルートの状態が心配だ。とりあえず道路の泥・石・木などを車1台分除ける作業をする。上流の民家の水源の下流から小規模な鉄砲水の跡があって、その残骸が道に筋をつくっているのたった。
YKと二人、スコップや箕を使って、2時間ほどたっぷり汗をかく。途中、徒歩で来た友人やバイクで来た役場の人が状況を知らせてくれる。やっぱり、スーパー林道の崩壊もかなりあったらしく、今日中の復旧はムリとのこと。
ならばのんびりと昼食兼朝食。薪は強風で落ちた枯枝で間に合ってしまう。3分搗きの米と小豆のぞうすい。おかずは自家製ラッキョウとサンショウの実の醤油漬け。
畑にいく。雑草を刈って根を掘り起こし均したところは、土が流れ小石がむき出しになっている。その小石の間にも発芽したばかりのダイコンの双葉が流されずに残っている。一方、雑草に覆われた場所は、その草を刈ってみると石は埋まったままで、土の表情は豪雨の前とさほど変わっていない。
傾斜畑では今回の豪雨でかなりの土が流れたはずだ。崩れた石垣のところは、そのような畑のすそのもので、石垣の肩に木や植物の無い場所だった。「無い」というのは、意識してそのように手入れしているのである。
集落の人の手入れを見ていると、石垣から出てくる植物を根こそぎ抜いてしまう。僕らは石垣の植物を意識して残している。繁茂しすぎたときだけ、カマで刈るのだ。だから根は残る。自然石を組んだ石垣はどうしてもすき間が大きくなる。雨のときそこから水が出ようとし、石垣裏の土がいっしょに逃げる。そこに植物の根があると、かなり土の流出が防げると思う。
石垣の角には桑の木が植えられていることが多い。群馬ではクワの実のことをドドメというらしいが、これは昔から堤防を補強する「土留め」のためにクワを植えたことによる。養蚕が廃れたとはいえ、クワの木は石垣や斜面を補強する役割を、今でも果たしているのだ。
土砂崩壊の原因をつくる最大の敵は「水(雨)」なのだが、植物の根はその土をつかみながら水をうまく溜め込む。また、うまく排水する。地表に出た茎や葉は豪雨から地表を守るクッションにもなっている。
ただし植物は常に成長する。見場よく石垣を守るには、適度な手入れ(草刈りと間伐)が要る。山村に住むということは、この管理を引き継ぐということだ。たとえ畑をやらないとしても、敷地の草刈りは夏の必須科目である。また秋からは灌木の枝落としも必須である。
これらは、実際かなりの作業量で、たとえばアトリエの敷地を別荘的に使いながら、気の向いた週末だけの作業でやるとしたら、2人では到底不可能である。また、少しづつ、小さな範囲を作業する、ということが環境にはいいと思う。
山村に住みながら常時手入れを繰り返して行く。こうすることで、豊かな山村が守られていく。ということが、町の人間にはほとんど理解されていない。僕も、ここに住むまでは解らなかった。