虫たちのゆくえ


昨夜、桐生で初めて焚き火をしてハッと気がついたことがある。明かりに虫がやってこないのだ。

旧アトリエではすでに今シーズンのガたちが玄関の白熱灯にわんさかと訪れている。だから、ここでの虫の少なさは異様だった。

わずかに小さなガが数匹とヘビトンボが1匹火に飛び込んではきたが・・・。

周囲は山林と畑と水田。クリなどの果樹もあり、いまの季節、昔の環境なら夜に煌々と明かりをつけようものなら、飛来する虫だらけになってしまうはずなのだ。ふと気づけば、昼間のチョウやハチの姿も極端に少ないではないか。

植生があるのに虫がいないということは???

考えられる原因のひとつは「薬剤散布」である。

たまたま桐生図書館に行く用事があり、ちょうどこんな本を見つけた。


『新幹線に乗れない~農薬被爆列島』
長谷川凞(はせがわ・ひろし)/築地書館2006

タイトルは新幹線の窓から見る風景に農薬散布の白い煙が見えるということではなくて、新幹線の座席シートそのものに定期的に殺虫剤(有機リン農薬)がまかれているために、ということである。2004年~2005年の間に朝日新聞社の『アエラ』に書かれた記事をまとめたものであるから、内容の鮮度は新しい。本書によれば、

「田畑や林、緑地、街路樹、庭、建築物に散布される殺虫剤などには、有効成分が有機燐化合物であるものが多い」。そして、これらの薬剤に人が被爆すると「記憶力の減退、思考の混乱、精神不安定、鬱(うつ)などの神経・精神障害が、じわりじわりと引き起こされることは、近年一部の医師たちにはっきりと認識され初めている」

という。

いまホームセンターでは「悪魔の新農薬」とまで恐れられている「ネオニコチノイド」が混ざった殺虫剤が簡単に入手できる。近年、地球規模でハチが死滅して大騒ぎになっているが、犯人はこの「ネオニコチノイド」ではないかといわれており、農業大国のフランスではこの農薬は全面使用禁止になっている。

ところが日本では、一般市民が有機燐系やネオニコチノイド系の農薬を室内や庭先にもばらまいているのである。恐ろしいことだ。

こんなことを思ったのは、この家を借りる段になり糸繰り工場内の荷物を仕分けしていたら、農薬・殺虫剤の缶ビンが多数でてきたことと、台所のカーペットを剥がしたところ、その下の化粧合板の上に白い薬品状のものがまかれており(おそらく防ダニ剤と思われる)、その作業をしていたYKや手伝いのSさんが刺激臭を感じたと言っていたからである。

今かなりの割合で、一般の人までがが知らず知らず危険な農薬・殺虫剤を使わされているのではないか、と考えられるのである。

実際、湿度の高い日本の暮らしで、板の間にカーペットを敷けばダニやカビに悩まされるのは当たり前で、まして化粧合板やビニールクロスの壁とアルミサッシの組み合わせでは調湿機能はゼロで、室内の湿気の逃げ場がなく、いたるところダニ・カビ・シロアリの巣窟になる。

以前、旧アトリエの日記において私は「山村の古民家の周辺は昆虫の宝庫」というようなことを書いたのを、覚えておられるであろう。もちろん危険な虫、嫌な虫もたくさんいるのであるが、それを防いでいたのが囲炉裏の「煙」であり、「燻し」だったのである。

囲炉裏の煙が「蚊取り線香」だったのであり、それでも防げないときは蚊帳(かや)という便利なものがあった。木材は樹脂で塗装しなくても燻すことで虫食いから守られ材質も強くなっていく。茅葺き屋根のフレームは竹と藁縄で編まれているが、縄は燻されることでワイヤーのごとく強靭になるという。そして大事なのは、素材そのものが呼吸をしているということである。木材や和紙や土壁には、湿気が多いときはそれを吸い、乾燥するとき、暑いときにはそれを吐いて気化熱で室温を下げる、というおまけまでつくのである。

囲炉裏や火鉢を日常使うということは、室内の湿気を払ってくれる役目もある。旧アトリエの山村のおばばたちが「囲炉裏はいいもんだよ、家が乾くんだよ」と言っていたのを思い出す。

それだけではない、囲炉裏の周囲に飛んで床にふりかかる「灰」は、強アルカリで殺菌・防カビ作用をもっている。それを雑巾がけで拭くことは、防カビ・防虫にもなっていたのだ。

現代の住宅建築では高気密を良しとし、夏は完全冷房を常道としている。というか、人工的な冷房装置がなければとても住んでいられない家のつくりになっている。土の庭をなくして木製デッキを張り出す、というのもおかしな流行で、庭の土と植木が夏の冷涼な風を生み出す装置なのに、そこを反射板・蓄熱板で覆ってしまっているのだから、家がますます暑くなりクーラーなしではいられない。

というわけで、私が山から里に下りてまっ先に感じたのは、「殺虫剤」のことなのである。

引きこもりや鬱は実はその人の内面の問題ではなく、薬品の被爆が原因なのではなかろうか、と同書は述べている。新建材にも有機燐化合物がたくさん入っているからだ。その他にも畳の防虫処理、シロアリ防除のための木材薬注など、現在の高気密住宅ではこれを日常吸わざる得ないのだ。

ところで近所の桐生川に親水公園があってそろそろホタルが飛ぶらしいのだが、そのホタルは特別敷地を設けて野外飼育されたものなのだ。悲しいではないか。一方で薬で殺虫しながら、一方で養殖。まったく人の都合で虫たちも大変なのだ。

ともあれ、田んぼや水路に自然にホタルが棲めるような昔に戻したいものだ。


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