動物写真家、gakuさんこと宮崎学さんのブログに注目が集まっている。昨年はツキノワグマが、2006年にも増して大量出没し、その原因は「奥山にエサがないからだ」「夏にナラ枯れが広がったからだ」そして「クマは絶滅寸前」というのがマスコミの論調であった。それに対して「いや、実はクマは増えているのだ」「エサはたくさんある」というのが、長年のフィールドワークとロボットカメラ撮影でクマを観察してきたgakuさんの主張であった。
7月にはそれを証明するかのような『となりのツキノワグマ』という写真集が出た。ところが秋には、日本熊森協会が「クマのエサがないからドングリをまく」という活動をはじめた。この二つに対して、ネットで論争が巻き起こったのである。
この問題に関して、いま日本の森と林業の本を執筆中の私もまた自分的に「渦中の人」であった。このクマの問題は「日本の森をどう見るか」に直結してくるからだ。
ともあれ写真家のgakuさんといえば、今月出たばかりの『美術手帖』誌では岩合光昭氏とともに「日本の動物写真家2大巨匠」と称されるお人である。私もまた20代前半に自分の進路に悩んでいたとき、氏の写真集『鷲と鷹』に大きな影響を受けた。それ以来gakuさんの仕事にはずっと注目していた。
そのgakuさん主催で「ツキノワグマの多数生息を実感する勉強会 参加者募集」という呼びかけがブログにあったので、速申し込んだのである。
伊那谷にあるgakuさんのアトリエで受付をする。お茶をいただきながら参加者の自己紹介。意外にも参加者が少なかったのは、gakuさんが「雪道チェーンを巻けないやつとか寝袋で車中泊ができないようなのは来なくていい」などとブログに書いてハードルを高くしたからで、少数精鋭でしっかり教えたいという目論みだったようだ。
さっそくフィールドに出る。別荘地内の神社の境内のケヤキの木にクマの登った跡がある。中央がgakuさん。
3年前のツメ跡なので木が修復のための「かさぶた」を作っている。新芽の食べに登ったのではないかとのこと。
スキー場のすぐ側にあるクルミの木にあるクマ棚。25メートルはあろうかという高い位置。木の実は枝の先端にたくさんつくので、クマは木登りして食べようとすると体重で枝が折れて墜落する。そこで太い枝に身を置いて、実の付いた枝を折って手元にたぐり寄せ、樹上で食べる。食べた終えた枝は木に掛かり、座布団のような棚になって樹上に残る。これを「クマ棚」という。葉が青いうちに折っているから枯れ葉が落ちない。それで冬枯れの季節に棚にだけ枯れ葉が残ってよく目立つ。クマの痕跡で最も解りやすいものだ。
南アルプスが絶景で見える公園にサクラの木が植えてある。桜山公園の奥に深い山林が控えている場合、クマに餌付けをしているようなもの。春の開花の2ヶ月後にサクランボが実る。それをクマが食べに来る。夜中には枝をバキバキ折っている音も聞こえる。カップルが夜のデートに来ることもあり、危ない。こんな場所は全国にたくさんあるだろう。この公園ではgakuさんも危うく襲われそうになった。「ウ~~~」という警戒音は子グマがいるときで特に危険。
雪上には野生動物の足跡がたくさんあり、途中でgakuさんのレクチャーが入る。これはノウサギ。
木に登ったクマの足跡。前足は幹の側面をつかみ、後ろ足で登る。下るときも同じ体勢で後ずさり。人間の足は親指が大きいのは立って歩行するのに便利だから。クマの親指が小さいのは木登りに向く。木が傾いていれば傾斜の緩いほうから登る(ツメ跡は必ずこちら側にある)。オーバーハングのほうからは登らない。
あわてて滑った跡だろうという。優位なクマにおびえて樹上に逃げるクマがいるという。
高速道路にすぐ近くのクリの木にクマ棚が多数。トラックもがんがん通る道のすぐそば。「奥山にひっそり暮らし、滅多に人目に触れない」というこれまでのクマ感を根底から覆す、驚くべき証拠。
近くの有刺鉄線にクマの毛。
マツ枯れ処理で丸太に薬剤をかけ、ビニールシートで覆うという処理現場(松くい虫害木燻蒸処理/有毒ガスでいぶして殺虫・消毒を行うこと)にクマが来た跡がある。腐りかけた木の中にいるアリの巣の蛹などを食べる。
中に女王アリが居れば2週間で巣が回復する。それでまた食べに来る。ヤシマNCS(有効成分:N-メチルジチオカルバミン酸アンモニウム)の紙パックが捨ててあった。こういった薬剤が、クマを誘因したりサプリメントになっている可能性もあるという。「いったい人間は何をやっているんだろうね、自然に任せておけばいいのに」とgakuさん。
間ノ岳(3189m)を眺めながら帰還。
途中で飼われているクマも見に行った。レタスが大好物という9歳のクマ。毛並みがよく可愛い。が、ツメは鋭くて怖い。
再びgakuさんのアトリエ「むささび荘」へ。中でスライド勉強会。yuiさんは紅一点参加者でした。
今回は「宴会はやりません」とのことだったが、参加者少数のため急遽開催の運びに。gakuさん行きつけの近所の居酒屋で焼きしし肉、しし鍋、沢ガニなどで地酒をいただく。gakuさんはフィールドでは懇切丁寧、酒場では巨匠っぽくないメチャ気さくな方であった。ファンには最高の一夜でしたね。
(続く)